まず言っておきます。
わたし「意識が高い」←のこの言い回し大嫌いです。
本来なら常に周囲に気を配るとか配慮を怠らないという意味ですが、誰が何のために短縮したんだか知りませんが、薄っぺらくて安い言葉に置き換えられてます。
何でもかんでも縮めればいいってものじゃないでしょう。
さて。
とある業界にはコピーライターなるものが存在しますが、こういう人達は誰の依頼でフレーズを作るのでしょう?
そしてそのフレーズが独り歩きするくらいの価値を持った時誰が利益を得るのでしょう?
現在の日本のメディアを見てれば判る事ですが、執拗に必要以上に脅威を煽ってます。
何の為に?
不特定多数を恐怖で縛る為でしょう。
縛る事で何が起きるか?
共通認識から疎外される事を怖れるようになり、従って群れに従う羊のようになり、それが為政者だか権力者にとって都合のいい何かが起きると言う事。
ここまで理解してれば十分だと思います。
人と違う事を怖れる必要はありませんし、行き過ぎた個人主義は日本人の気質に合わないので程々の距離や線引きが出来ていれば調和を取るには十分な姿勢だと考えます。
よく界隈で言う、支配の構造に恐怖と乖離とありますが、わたしはこう考えてきました。
どんなに素晴らしい叡智が詰まった言葉も、どんなに厳格な法も人の心を縛る事は出来ません。
人と違う、けれどその違う人が集まる事で面白い事にユニゾンが起こります。
わたしは意識レベルと言う言葉は医療で使う事であって、人の行動を表現する意味で使うものではないと考えます。
潜在意識とは言いますが、もしそれが本当なら間違った言葉の使い方も良い事にはならないとも考えます。
意識が高かろうが低かろうが知った事ではありません。
本人が好きで望んでやってる事ならそれでいいじゃありませんか。
もし心とか潜在意識を満たしたいなら、出来るだけ自分をほめる方が余程合理的で好ましいと思います。
ただ言葉、或いは言霊で満たされるかどうかはその人次第ですが、わたしは難しいと考える方なので、ポノポノくらいの感覚で自身に嬉しくなるような言葉を投げかけます。
けれど言霊、音魂は本当に存在すると確信してはいるし、大抵の場合、悪意でもって傷つく言葉を人に投げる人は同じ言葉で己が付けた以上の傷を負う事になりますし、そう言ったケースを何度か観てきました。
まぁわたしはお一人様なのでそもそも話し相手がいませんし、いたとしてもお店の人とのやり取りとかなのでそこで深く相手に立ち入るなんて事はしません。
強いて言うならわたしの話し相手はわたし自身であり、ある意味宇宙かもしれません。
まぁ単なる独り言、自問自答を越えにだ有す事もあれば、頭の中で会話してる感じです。
別に応えは返ってきませんが、心の整理は捗ります。
けれど人によってはこういった行いが「意識高いですね=棒」みたいなことになるのかもしれません。
言われたら腹が立ちます。
わたしにとってそれは誉め言葉ではなく、極めて下衆な作為に拠る見下しと受け取るからです。
だからわたしは同じ言葉を言いません。
別の言い方或いは冒頭に書いた本来の意味を出来るだけ三行で纏まるように伝えます。
だってその方がきっと誠実だと思うし、何よりその手間こそが相手に対する最大の配慮にもなると確信してます。
もっともわたしは誠実で居たいと思うだけで実際とか現実は誠実とはかけ離れてはおりますが。
何せ毒の塊なんで、常に自分に気を付けています。
わたしが思う以上にわたしが吐き出す辛辣な言葉はわたしが考えてる以上に相手を傷付けると言われた事もあるので。
まぁアレです。
言葉には気を付けましょうというお話でした。
ほなね