最近人と話す事が本当に億劫になりました。
会話を整理するとこんな感じ。
何か事が起こりました。
こっちは順序立って説明します、途中で話を遮られ否定されます。
その否定が誤解だと説明する事にリソースを振る事になります。
お互いにきちんと話を最後まで聞いて、擦り合わせすれば10分で済む会話が30分40分になります。
従って気が疲れます。
こっちの説明が上手じゃなかったとか、言葉の綾だとか原因はあるよ?
けど世間話とは違うんだから、一度飲み込んで受け入れて反芻した上で擦り合わせないと答えは遠のく。
従って今現在誰とも話をしたくありません笑
こんな時代だからってお互いに何でも知ってて、明確に説明できる程器用なら、現代社会はもっと穏やかでしょう。
けどそうはいかない。
知らない言葉やら、ビジネス用語やらね、ネットで凡その事を調べないと判らない事の方が多い。
これはグローバリズムによる弊害も大いにあると思う。
要するに海外の誰それが日本で商談するとき、自分達の母国語とビジネス用語で進めた方が早くて有利に進むなんて下心もあるんじゃないかな。
わたし未だにエビデンスって言葉に馴染めません。
言葉に拠るけど英単語で発音した時と日本語で発音した時では、音の数が違います。
例えばエビデンスなら根拠ですが、五音と、三音の違いがあります。
日本で生まれ暮らしてきた人ならどっちが話が早いかなんて考えまでもありません。
いやそもそも海外の人が日本で日本人相手にビジネスするなら、そっちが日本語勉強して来いってなりますよ。
パスタをすする音がうるさい?そばを手繰る音がうるさい?てやんでい!
こちとら江戸っ子じゃないけどさ、それが習慣なんだから仕方なかろう。
こういう自分達の習慣を押し付けてくる連中ってホント傲慢だと思う。
寿司にしたってそうだ。
いつの間にか職人さんはゴム手袋?で握っています。
そりゃ中にはアレルギーやら強度の潔癖となれば仕方がないけど、それが習慣になってしまうのは何か違うと思う。
ありとあらゆるところで慣れ親しんできた習慣が壊されてる。
会話にしたって同じ事だ。
本来の原因は話し方の文法の間違いによるものだ。
けどそう言うのに限って文法が違うから話の意味が判らないと言うと高確率で激昂する。
わたしも左程文法に拘って話す方ではないし、実際文法は苦手です。
けれど日本語の文法ってよくできてて、本来は頭の中で起承転結と言葉を考えて口を開くもの。
それが出来てやっと会話が成立する。
不必要な無駄もなく、スマートに話が進む。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
もう考えるだけでイラっとする。
と言う事でゆっくり休みます。
とにかく脳がビジー状態ではあるので、こっちはホントにきちんと休めないとね。
ほなね。