振り返ってみて。
堅気だし堅気なんだけど、尽く々堅気に向いていないなぁ~
と言ってわたしは極道ものにはなれず、またそちらには向かない。
ここでいう堅気でない極道とはやーなお仕事は方向が違う。
一般的な勤め人は性に合わずどちらかと言えば芸人とかアーティストに向いていたようだ。
これは今更だけど、若い頃周りの揶揄など気にせずその道に入っておけばよかったかな?と。
実際そういうお声もかかった事があったのだけど、迷い躊躇いお断りした。
行けばよかったのにね(笑
但しその世界に足を踏み入れたとて成功していたかどうかは別のお話。
単に職人とか芸とかとにかく一芸に集中して何かを作り上げるほうが向いていたみたい。
若い頃は音楽で食べたいと考えていたけど折り合い悪くそういう仲間や知人、それを理解する人がいなかった。
そして一人で知らない世界に行く事に対する恐怖が勝ってしまった。
現代のようにメディアが多様化して間口が広ければその気になれたかもだけど、これは本当に今更だね。
さてそんな性格は生まれつき故か、亡き父上に似たか判らぬが、とにかくそういう性格になった。
これは母の事も影響しているように思う。
周りは正論ばかり唱えて人一人の可能性など一切否定して丸め込む人ばかりだった。
そんな中で最も信用を得なければならぬ存在である母上があ~ゆ~お人柄ゆえどこか捻くれた。
とにかく一般的とか人と同じがダメでそこだけは今も変わっていない。
まー今生は叶わぬ事ゆえ来世なるものがあればその時にでも。
甘い!と言われようが性に合わないのだから仕方ないでしょ?
と言って一般的な生活や積み重ねがダメかと言えばそこは人一倍貪欲で先見の明なるものもある。
自慢ではないが20年30年前知人に忠告した事のほとんどは当たっている。
単に性が合わないというだけでその努力を怠るとかはなかった。
それなりに勉強もしてきたし今もしている。
人とは何か?性に合わぬというよりも時間が合わなかった。
わたしは一つの物事を理解するのに一般的な人より時間がかかるタイプ。
ざっくり言えば現代義務教育のカリキュラムが合わず、さらに興味を誘導してくれる教師に巡り合うことが出来なかった。
どちからひとつあれば違っていたのだろうとは思う。
但しわたしのエネルギーの総量上の問題があり、一つそろっていたとてそれに集中して習得した後気力が残っていたかはかなり怪しい。
もちろんそこも人ありきの問題点もあったのだけど、難しいね。
理解を示してくれる人、居たには居たのだが義務教育課程に合った当時のわたしが親の一身上の都合による転居に抗えるわけもなく。
幼馴染に言われた事がある。
「君はってっきりそっちの世界で成功していると思っていたよ」と。
でもね…
わたしが本当に欲しかった世界を手に収めるにはわたし一人では無理があったんだ。
たった一人でいいからそういう人が声の届く距離にいてくれれば…と何度考えた事か。
そしてそれを引き離したのが誰あろう母であってはどうにもならなかった。
恨む気持ちはとっくに薄れてはいるが、かといって親子を演じる気にもなれず絶縁状態。
これはこのままでいいし、それがいいと考えている。
そういう状況を招いたのはお互いの落ち度だろうし、それを今になって言い合いしたって意味がない。
原因は一つじゃないし、いろんな物事が絡み合って最悪の時に最悪の状況を招いて4.5番目くらいの答えを選ぶしかなかった。
まぁ愚痴になったけど、とにかく今でも時間帯は合わず性にも合わないという事さ。
らしくないね。
ほなほな。