図らずも今まで生かされてきたわたし。
特にこの10~12年は色々な変化があった。
自分自身で驚いたのはいろんなものが欠けていた事と、それを満たすように大好きな事が増えて、
愛おしいという気持ちが芽生えた事。
忘れていたとも言いますね。
昔と言っても多分わたしが産まれる前の事ですが坂本九さんの「明日がある」と言う歌がありました。
わたし自身も若い頃は毎日そう思って日常を過ごしてきました。
それがある日突然降って湧いたような出来事を境にわたしの日常は一変し、失望に満たされてしまった。
そんな生活を30年近く送ってきたと思う。
もちろん当時は若いというより幼いので、その出来事に対して現在のような分別が無いから切り替える事も出来なかった。
ここに関して言えば本当に情報量の差は大きかったと考えてます。
けど情報があったところで到底納得出来ない事も今は理解出来ています。
しかし同時に若き日のわたしは労働というもの、世間とか社会と言うものに対して言い表す事が出来ない何かを抱えていました。
しかも当時それは致命的なレッテルで「社会不適合者」として排除される者でもありました。
ですが、その後日本はバブル崩壊を境にいろんなものが転落し、人の心もそれに比例するように荒んできました。
一方でそういう経験が人を鍛え磨く事も経験してきました。
その中で辿り着いた一つの答えが孤独であり、群れない事だった。
単に反りの合わない連中と居るのが苦痛だったという事じゃなくてそこにわたしの求める答えが無かったから。
別の言い方をすれば「手放す」という事でしょうね。
しかし面白い事に手放す事で満たされる、理解する事が増えました。
それでも人の好意に対しては未だに懐疑的になる事も屡ですが、それはお互いの距離感を保つ為の手段だと捉えています。
そんな閉塞状況が続いたこの世界も変わる時が迫っています。
でもそこに存在しなければいけないのは「大好き」という感情です。
この気持ちが可能性を広げ世界を変える。
わたし自身が多からず変わってきたように人も世界も変わる。
これは世の理です。
けれど未だにわたしは迷っているのではなく人間の未来など度外視しています。
それは誰かが背くとか裏切るという事ではなく、最低限の気づきや学びが及ばない人もまた多いという事に基づいています。
アセンションとかスピとか小難しい言葉なんて必要なかったのですよ。
「大好きと言える何かを感じなさい」「増やしなさい」で充分だったのですよ。
不確定要素に基づいた情報や言葉に踊るくらいないなら同じくらい不確定要素でしかも目に見えない自分の気持ちを信じるだけで良かったのです。
わたしの言い分が全ての答えではないし常に正しいなどと驕っているつもりはありません。
けれどそういう感情を疎かにしてきた事で人の心は荒んできた事は紛れもない事実です。
そしてそこにヒントがある事を知るだけでも気が付けば人は変われます。
ある界隈では何ともスケールの大きそうな噂が流れていますが、「その後」の事だって感が無ければいけません。
其処を疎かにして他人任せにすればあっと言う間に元の木阿弥です。
ある人物はその後の世界で「透明性のある選挙」と言っていますが、それこそどうやって芯と気骨のある人物を知る事が出来ましょうや?
それこそ情報が必要になります。
発言や思想はともかく大事な事は民衆や国に貢献するかどうかです。
そしてそこも「大好き」という気持ちが大事になります。
祖国や生まれ故郷を好きになれない人に国のかじ取りを任せる事は危険です。
まず自分の心に訊いてください。
もとめるモノ、大好きなモノ。
そこに必ずヒントがあるから。
ほなねー