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This Armor

古今東西何でも研究所

委ねてはいけない

最近観た映画のオリジナルが他国のモノだと知ったけど、「それが何か?」で終わった。
特にオリジナルを観たいとも思わなかったし、観たところで何も変わらないから。

多くの人がいろんな物事に対する他者が着ける評価を充てにする。
それは何かを買う以上避けて通れないのだけど、事人物をはじめとしたモノ以外の事に対する価値観は他人任せにしてはいけない。

仮にそんなモノに任せて後悔してもその責任は自分以外の誰にも背負えないから。

それでも己の頭でモノを考える人は増えたけど、コロナに感染した某著名人は事後に対する他者の発言を「差別」と悪態をつく始末。

こんな醜い大人になりたくなければ己の価値観を他の物事に委ねない事だ。

いつでもどこでも言い訳しても詰まらなかろう?

そう言えば以前わたしは「あなたは言い訳ばかりしている」と言われた事があった。
まぁ外れではないのだけど、その時わたしが考えていたのは火元の所在地を探していた。
相手にはそれが理解できなかったらしく、その後自ら掘った墓穴に堕ちる事になった。

まぁ事が事だし、タイミングから言ってあの失態を取り戻すには20年はかかるだろう。

とにもかくにもあらゆるところにあらゆる言い訳や屁理屈をこさえて正当化しようとする醜い大人はそこらへんに掃いて捨てるほどいる。

そんな大人の食い物にされたくなければ考えなさい。

それは昨今報道が続く著名人の自死の事も同じじゃないかと思うのだ。

誰も自死をいけないものだと指摘しない。
ただただ生前の人柄を偲び悲しむだけで、誰もそこに至った経緯や理由を発言しない。
そんな姿勢のままではこういう事態は収束しない。

わたしは彼の何も知らないし、生前はこれからの役者だと思っていた。
そして彼にしか判らない何かが在る事までは理解している。
それでも…自死はいけないよ。

誰も何も救われない。

彼は何に委ねてしまった事でああいった結果を招いたのか考えて回避する方法を模索しなければいけない。
それはもしかしたら他人には見えづらいとても根深い事なのかもしれないし、それが時として常識や現状を打破するための常套手段の仮面を被っている事だってあるのだ。

亡き人を想い偲ぶのはいい。
けれど自死が黙認されてしまう事態は避けなければいけないよ。

ほなね。
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