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This Armor

古今東西何でも研究所

承知してますよ

あーうん。
相変わらずなんだが、まぁこの世は地獄と言い切った方のネタに乗る形で。

その中に一つ意識を惹かれたのが精神や心の栄養と言う部分。

これは最近だと考える人も増えたと思うけど、中々これを満たす事は難しい。

人によって異なるしね。

わたし個人の見解としては、これは細分化し過ぎと言われそうだけど、これらを己の外にある存在で満たそうとする場合ね。

例えばお子さんが産まれてくる理由は必ずある訳で、最たる例としては文字通り愛の結晶の末に産まれてくる場合。

でもこれが「老後の面倒をみさせるため」とか「搾取子に」とかとにかく気持ち以外の作為の末に生まれてくるお子さんは不幸になる可能性が極めて高い。

だって理由としては不純だし、本人が知ったら多分傷つくし。

でもこれも一応は理由ではある。
がしかし別の言い方をするなら人のエゴによって産まれてくるとも言える。
親のエゴと書かなかったのは、その時点で親としての資格を問われるレベルだからそう書いた。

で、件の方仰るに趣旨としては「間違った選択をし、改める事なく現状に従うから心を病んでいく」と言うような事だった。

でもお子さんの下りはわたし個人の見解であり、しかも生まれてしまった以上巻き戻しが効かないある意味悲劇とも惨劇とも言えてしまう因果や業となる。

で、こういう事をよく反芻しないで鵜呑みにして真似する人は一足飛びに満たす方法だけを要求する、考える。
そしてここでもう一つ悪循環の因果が紡がれる。
まず落ち着いてほしい。
それを安易に欲する事自体が間違いである事。
更にもう一つ考えて。
求める前に手放す物事があるでしょう?

さらにさらに面白い事にこれらの事って手放す事で入ってくる。
今すぐ全ての間違いと思しき物事全部を捨てろという訳じゃない。
物事には段階があって、その段階を踏むたびに取捨選択をしているもの。
それを繰り返し、本来余計な持ち物であった何かを手放す事が出来ればかなり気持ちとか心が楽になる。
その中には己を許すとか、自分を好きになるという気持ちも含まれている。
でもそこに至るには相応の時間もかかるし、人によってそれが一瞬で終わる事もあれば、数十年単位で辛い思いをする事だってある。
でもその辛さは別の言い方をすれば少しずつ重荷が軽くなっていくと考える事も必要となる。
それにその辛さが本質を射抜いていた場合これは少しお話が別になって、それこそ心や魂が余計に傷つく事もあるから、やはり考えながらできるだけ慎重に事を進めるのが好ましい。
そしてそのつらさはさらに別の言い方をするなら別離の寂しさに似ている。
どんな持ち物や気持ちだって手放す刻限が来る。
その時までに気持ちの整理がついていれば楽に乗り切る事は可能だけど、ある日突然それを手放す事を強いられる事だってある。

そしてもう一つ。
わたしが言いたいのはこの世が地獄なんじゃなくて地獄を映し出しているのは間違った価値観のまま生きている人間の心だという事。

物事には責任や義務が伴うのがごく一般的な価値観なんだけど、この概念だって何時どうなるか判らない。
そもそも本来あるべき姿の人間の定義自体が未だ定まっていないのだからできるだけ楽にのんびり歩きましょ。

ほなねん。
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