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This Armor

古今東西何でも研究所

生きる意味

これ以前にわたしがほぼ同じタイトルで書いてる記事なんだけど、偶然か必然か同じタイトルのブログを見つけたのでこれに関して。

まずお断りしておく事としてわたしは一意見として尊重しますが、どうしても理解出来ない物事には率直に疑問符をぶつけます。

さて時間も無いので手早く。

この方曰く何だけど「生きる意味とは魂を磨く事」としています。
ハイ!もう判りません。
以前わたしも同じような事書いてますが(重複すまん)わたしが問題視していたのはその先の事。

例えば仏教で言う今生で徳を積んで来世に報われるとかなんだけど、魂を磨く事自体が目的だったとしてじゃぁそれで満願成就おめでとうとなるのか?
わたしはそうは思えない。

仮にその先があったとて「幸せな星」とか「五次元」とか与太話信じるつもりは毛頭ありません。

その魂が本来人間の魂だとして、他の生物の魂が人間に転生するとか?その反対に人間の魂が他の生物に転生するとか?何それどんなアニメ?となる訳ですよ。

宗教もスピも本質は多分神とか完全な存在に近づくとか成るとかが目的なんだろうけど、ただ漠然と魂を磨けと言われても、それが魂を磨くための利己主義になった場合どう説明するの?
そもそも利己主義に高潔な魂など存在しないという屁理屈が成立するけど、では魂とはそんな単純な存在なのか?

ああああああああああああああああああああああああやっぱり相容れねぇぇぇぇ!

魂は魂として、成長する事が目的じゃないはずだし、成長が必ずしも正しいとも限らない。
そんな事より今大事なのは痛みを止める事、出来るならお互い認め合う事、更に出来るなら助け合って生きる事でしょう?

それが何で「魂磨き」=何か清廉潔白な何かに変換されるのだろう。
だからわたしはスピが嫌いになった。

もっとも最初の切っ掛けは某ブログにて著名人の出自に言及しておいて、碌な裏取りもせず剰え何の考えも無しに妄言を垂れ流していたからだ。

因果を否定する動きもあるようだが残念な事に人間が多数存在する以上人間同士の間で起きる物事には必ず理由と原因が存在する。

完全な楽園やら世界やらが到達点だと考えるなら心や魂というより、人間力を磨くのはとても大切な事だが、この因果関係が逆転したらあら不思議。
どこぞの個と組織の因果と全く同じじゃないか笑

ただしわたしはこれを相容れないと考えていても、他人に対して同じように考えろとか思い上がってはいない心算です。

それを判断するのは個人の自由です。

もし「それ」が希望に繋がるなら肯定するのもアリです。
だが「それ」絶望の象徴なら切り捨てる事もアリなのです。

要するに個人の勝手でしょ。
それに最も望ましいのは多くの人が自由意志によって選択した未来が希望に満ちている事の方が大事だよ。

それにしてもオカスピはいろいろな意味で面白い。
わたしが考える生きる意味とは禅だと考えています。
結果としてそれが「魂磨き」だったとしてもアプローチの仕方が違うというだけだし、少なくとも信じる何かや、求める何かの到達点は多分同じだよ。



ほなね。





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