忍者ブログ

This Armor

古今東西何でも研究所

精神世界と言葉

随分前に似たような事書いてる気がするけど、ちょっと引っかかったので書いてみる。

何の作為も無くネット見てたら「名言集」のようなとこに着いた。
一通り見てるとなんとなく「良い事言ってる」ように見えたのだけど、本当に心に響いたのは多分100に一つくらい。

わたしの視点がひねくれている事もあって角度を変えるとそれは「忠告」ではなくて否定から入る「お節介」に見えたのだ。

そりゃそうだよね。

なりたいものに望みどおりになれる人って一握りだし、言ってみれば少数の成功者?の言葉だからもっともらしく見えるモノ。

だけど大多数のお勤め人である側からするとその着眼点は確かに発想の転換とか逆転の発想に見えるけど、「成功」と言う結果無くしてそれらの言葉はもっともらしく見えないよ。

それよりも人としての在り方をありのまま、されに言えば八方美人を受け入れない類の言葉の方が余程響いてくる。

多くの人が他人の視線や価値観を気にして生きてるのだし、それらの人がそういう事を一切気にしなくなったらそりゃ世の中大混乱だもん。

だから最低限の節度や良識を見直す事を促す言葉の方がね。

で、この言葉たちは精神世界に大きく影響する。

なんかのCMで画用紙を真黒く塗る子供を見て大人が訝しがるのだけど、その黒い画用紙は大きなクジラだったというのがあった。
それに気が付いた人の存在が無ければその子はきっと常識から外れた異端な子で認識されていたかもしれない。

それが全てではないけど視点や価値観ってそういうものだろうし、一々「常識」や「秩序」で図っていたら本質が見えなくなるのは当たり前だよね。

特に現代社会は本当に「常識」や「秩序」が見直されている。

今まで信じて疑う事の無かった価値感と常識が一体誰の為に存在しているのかという段階で見直してる人が増えているように思う。

同列に比較する事は出来ないけど、現時点で言われている「社会的弱者」や「非健常者」に対する対応だって随分変化してきたけど、それでもまだ人と人がありのままに接するには至っていない。

そこには疑心暗鬼もあるし、世の中が何だか不安定で何時何が起きてもおかしくないというある種の不安や恐怖もあるしで、それらを取り除いてもまだ見直さなければいけなくて。

人の考える事が可視化できれば信じられるのか判らないけど、可視化出来たところでそのデータが果たして本当の事と受け入れられるかも疑わしい。

つまり今この時代はそれほど疑わしい何かにあふれているという事だね。

忘れない頂きたいのはそういう一見ネガティブに見えるところにも本質に繋がるヒントはあるという事。

生きるのがしんどいと感じるのは理想的な答えに近づいているとも言えるのかもしれない。
そうとでも考えなければやってられないのも事実だしね。

ほな。

PR

コメント

プロフィール

HN:
No Name Ninja
性別:
非公開

カテゴリー

P R