胎内記憶とかって事じゃありません。
いい歳したおっさんですが、未だに自分は子供だなと感じます。
ギターが好きで練習もするし、上手になりたいのだけど、その為の練習を怠ります。
そんな事を考えていると必ず思い出すのが幼少期のとある記憶です。
多くは語りませんが、わたしは子供らしく居られる時間が多分普通より少なかった。
それでも祖母の実家で過ごした時間を思い出すのです。
そこで克明に思い出すのが草の匂い、虫の声、現代よりも過ごしやすかった夏。
井戸水で冷やしたスイカ、海は近かったのですが、農家故かあまりそこに足を延ばす事は少なかったのかもしれません。
それでも大叔父が運転する耕運機の後ろではしゃいでいた。
もう一つの記憶は炎。
大叔父の家は当時五右衛門風呂でした。
勝手口に窯があって、そこに台所があって、大叔母が見守ってくれる状況でわたしは薪をくべる事が好きでした。
くべた薪があっという間に美しい炎に変わっていく様が大好きでした。
何が言いたいかって、そこに存在していたのは今現在では味わう事が難しい自然の中での暮らしでした。
農家に生まれ育った方であれば経験した事があると思いますが、現代はいろいろ機械化が進んだことや、消防法の関係で建物の中に窯や暖炉を設置する事が少なくなりました。
それでも記憶の中には五月蠅いくらい蝉が鳴いていた。
庭に生えていた椚の木にはカブトムシがいた。
幼少期は地べたに座る事も、草に触る事も自然な事だったのに今は虫が苦手。
海辺の街だから風に海の匂い混じってる。
でもそれ故か草の匂いはあまり感じない。
それと何時からなのか、夏の夕方に蜩の声聞けなくなった。
秋になると鈴虫の声も聞こえなくなった。
環境の問題によるモノなのか、猛禽類が生息してる所為なのかよく判らないけど、それらの声が聞こえないは少し寂しく思う。
海が好きだから今の街に越してきた。
海を眺めるのは好き。
でも泳がない。
というかもう怖くて海に入れない笑
こうして自然から乖離してると感じてしまう事が寂しい。
けれど事ある毎に幼少期の自然の記憶を思い出すのはどんな理由なのだろう?
大叔父も大叔母もとても優しい人でした。
わたしから見ると従妹にあたる人達も優しかった。
今も優しい。
今でもわたしを末っ子のように思ってくれているのか、何ら蟠りなく接してくれる。
そしてあの家の周りも少し変化したけど、当時と変わらない。
残念に思うのは大叔父夫妻が他界してから、農業をしていないとの事。
まぁ仕方がありません。
農業以外の職に就いて、いずれは家を継ぐ予定はあったようなのですが、12年前の震災以降やはり農家を続けていくのが困難になった事は想像に難くありません。
時々大叔父夫妻が夢に出て来ます。
その時はいつも笑っています。
幼少期に観た笑顔そのままです。
きっとわたしの心配をしてるのかな?と思ったり思わなかったり。
ほんの少しでもいいんです。
優しい記憶があれば生きていけます。
実際わたしは生かされてますし。
そう感じた時は何となく外に出て、海辺に行って空を見上げて大きく深呼吸。
そして心の中でありがとうございます。
人には得手不得手や人との繋がり方一つでどうとでもなってしまいます。
でも繋がりの方は人が作り出しものだし、どうしても抗えない事だって起きます。
今感じている寂しさは人との繋がりが少ない事ではなくて、幼少期当たり前のようにそこに存在していた自然が減っている寂しさです。
この更新の内容に意味はありません。
単に最近感じている事を書いただけです。
減ったけども、無くなった訳じゃない。
強いて言うなら「手放せない」何かのお話でした。
ほなな~