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This Armor

古今東西何でも研究所

Harvest for the World

以前少し書いたわたしが最も愛する唄です。

内容はほぼ省きますが、わたしはこの中の「世界の人々の生活が向上する事を祈ろう」という行がとでも大好きです。

そして時節柄を想います。
今大きな変化が訪れようとしているのは確かだと思います。

ですがそれは本当によく考えて選ばなければいけない。

自分の事だけじゃなくて他人だったり、或いは自分の大事な人の為にずっとずっと祈っています。
祈るを連呼すると宗教関係者?と思われがちですがわたしは何処の教義にも帰属していません。
強いて挙げるなら般若心経マニアです笑

この世界の全てが自ら映し出したものだとするならそれを消す事が出来るのも自分です。
この考えはホオポノポノにも通じていて好きです。

何故なら祈る気持ちは人それぞれで人の数だけあるけれど、それが世界の安寧を願う気持ちであればいいのだと考えています。

問題はその祈り方を強制強要しようとする考え方です。
これは宗教戦争の本質そのものですが、それが如何に愚かで無益な争いであった事は現代人は理解していると認識もしていますが、一部まだ理解しない、と言うより拒絶したうえで排除したがる連中がいるのも事実でしょう。

わたしは偽善を言いたくないのでこういう言い方になりますが、ならばせめてお互いに干渉しない住み分けでもいいじゃないかと思うのです。

けれど住み分けだどころか干渉して己の思い通りにしたいなら拒絶するしかないのですが、これがまさに罠と言えるのでしょうけどその気持ちが争いに繋がっていく。
何とも悲しいスパイラルだと思う。

さらにきれいごとを言えばみんながみんな笑顔でいられればと願うけど現実にそんな事は本当に難しくて悲しみを通り越して怒りすら覚える始末です。

ありとあらゆる価値観も変化するのでしょうけど、事法を犯すについてはどのような形が最も穏便になるのかわたしには判りません。

単に法で裁いて服役させる事で全ての解決にならない事を既に知っているから。
ではその代替えとして何が必要なのか?という段階でもあると思います。

死刑は止めて終身刑ならいいのか?それも違う気がしますが、それでも「法と秩序」は必要です。

憎悪をぶつけあって傷つけあう事も辞さずという覚悟も必要になるでしょう。

でも多分それでは世界の痛みは止まらない。

難しいね。

人類の収穫際は本当に何時来るのだろう。

ほなね。
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