んーとまぁオカスピ界隈の事ね。
最近はそういう事を観るまでも無く目の前の現実を観て考えれば判る事が増えたし、考えるまでもない事も増えた。
余計な価値観やら色眼鏡?がきれいさっぱり無くなった事で物事の本質に辿り着く時間はかなり省略された。
さてあっち界隈で荒唐無稽な事はともかく「膿を出し切る」なるものがあって、これも最近の出来事に対する考え方や行動、発言を観ているとその本人がどっち側なのかも観えるようになってきた。
断っておきますが、背後霊が見えるとかそういう類ではありません。
観えるとは言葉の綾となるけど、何事も何かワンクッション置いたところで本質は隠しきれていないと言えばいいのでしょうか。
これはわたしに限らずだと思いますが、例えば繁華街。
特に都内に点在する全国じゃなくて世界から人が集まるような場所。
ああいうところに人の欲望が渦巻いているのは当然なんだけど、もっと邪で不快な作為が沼のように澱んでいます。
なのでわたしは用がない限りそういう所には近づきません。
これ本当に辛くて、例えばオカルトでいう霊障の方が余程楽だと思えるくらい気分が悪くなります。
別の言い方だと悪い気に充てられるという事でしょうか。
ですがわたしはその筋の専門家でもないし、何かできたとしても放置しておきます。
そこに出入りするのは本人の自由と選択だし、そこで何か良くない事が起きてもそれに対してわたしが責任を負う理由もありません。
んであっち界隈の言う事にゃ「悪が音を上げて白旗」という事らしい。
否定出来る根拠がないし、少しずつだけど下っ端が失言してそれがトップまで及んでいくという流れにはあるようです。
現在の日本の政治家の発言や行動が曖昧に観えるのも或いはその一つではないかと考えています。
だってそうでしょ。
どんなに情報規制したところで世間で言う頭の良い人の発言や行動とは程遠い。
本当に利口な存在は発言すらしないし存在すら不明にする。
で、その白旗が膿を出し切る事になんとなーく繋がっているようなんだけど、一筋縄じゃ行かないだろうと考えています。
それなりに時間がかかるし、出し切ったとてその先に明るい未来が在るなんて保証もありません。
誰もが理想を持って叶えようとするものだけどその理想だって人の数だけ存在する。
そういえばあっち界隈、特に上の方?もてんてこ舞いらしくて多分この理想の数の整合性を取る為に試行錯誤しているのかも。
いずれにしてもオカスピとは一線引いているので全てを鵜呑みにはしていません。
よく光と影とか表と裏と言われるけどそもそもその概念が間違いの元でもあるし。
この二つを俯瞰視しているのが多分クリスタル世代かもしれない。
つまり第三者とか第三の存在としてこの世界の均衡を保つ使命を担ってというアレ。
けれど実際そういう人が増えている。
物事を二極ではなく三竦みで捉える人が増えてきた。
人間がどうとか行動や発言がどうとか最早そんな次元でもなくなってきているかもしれません。
もし教義でいう所の諸悪の根源が人間の心と言葉から出てくるものだと定義するならその部分だけは正解だった事になるが、もっと根深いところが語れずその間隙を突く形でいろんな競技が歪められてきたのだとすればそれは紛れもない大罪となる。
本当の罪とは?が問われ始め、膿を出し切るという流れになっているのは事実だと考える。
ちょっと訳ワカメになってきたのでこのあたりで。
ほなねん。