三歳児を死なせた事件に対する意見にいろいろあるのは理解するのだけど、どうしても「他人事」で意見している内容には呆れてモノが言えない。
中でも某著名人の「同じ目に遭わせてやりたい」なるものには本当に怒りすら覚える。
あなたがたは何時まで傍観者で他人事目線でしか考えられないのか?
この問題の本質は社会病理にあって人一人の意見や行動で解決する事ではない。
況や同じ目に遭わせたとて何が解決して何が救われるというのだろう。
さらにお子さんに恵まれず「死なせてしまうなら里子に」という意見も少なくない。
それは一つの方法ではあるのだけど、里親になった方の中には額面通りにお子さんの人生の全てを背負う事が出来るかなど誰にも判らない。
そして悲しくも愚かしいのは誰もが傍観者、第三者目線で考えている限りこういう事件が亡くなる事はなく、しかもその第三者たちが事件の当事者になる可能性がある事を考えない以上無くなる事はない。
怒りをぶつけたところで何も変わらない、解決しない、亡くなってしまった子が生き返る訳でもない。
まずそこをよく考えるべきではないのか。
善人面で悲しいだの他に方法があっただの言うのは五歳児でも言える事だ。
本気で悲しい事件を無くしたり減らすには生きている人間全員が起きている事の当事者である事を忘れてはいけないよ。
但し、母親に如何なる過去があり苦しんだとて起こした事件は許される事ではない。
しかしそれは市井の人が裁く事ではなく、司法と良識に任せるしかない。
が、しかしその判断に良識が欠けていた場合もう一度そこでよく考える必要があるだろう。
事件そのものはとても悲しい事だが、それ以上にまわりの他人事目線による身勝手で無責任な意見にはそれこそ「同じ目に遭えばいい」という怒りすら覚えるのだよ。
ほな。