子供の頃なら楽しい時間なんですが、大人になり酸いも甘いも知ってしまうと、自ら人込みの中に突入するのはかなりエネルギーを消耗するので敬遠してしまう。
奥さんやお子さんがいる世のお父様はこの時期家族サービスに気遣いにお心を砕いておられようかと存じます。
わたくしは花粉症に罹って以来この時期が最も体調が悪く、そこに人込みなどまさしく自殺行為に等しい。
まぁ大人の事情による大人の愚痴はここまでにして、子供目線に帰って思い出してみましょう。
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あらら?何もないでございますわよ?あれれ?
回数はともかく釣りに行った事くらいでしょうか。
あの当時アニメ釣りキチ三平も放送されていて、釣り番組も割とメジャーになりつつあった。
多分釣りバカもこの頃かもしれない。
初めて知ったのが1982年だから多分合ってる。
釣りと言ってもまだ小学生なので大人がするようなお金のかかった泊まりがけの釣りという事は無くて、近所の海や川(工業地帯なのでとても汚い)同級生と行くくらい。
あーこの頃の同級生はみんな大好きだったので友達と呼ばせて頂きます。
川と言っても河口に近いのでほぼというより事実上の海。
そして不思議な事に川から投げるよりふ頭や港で投げたりサビキを下す方がいろんな魚が沢山釣れた。
但し川は学校側より行かないように言われていたので特に河口付近はとても危険なので出来るだけ橋の近くの安全そうな場所で釣りをしていました。
なぜ危険かというと、河口付近の河川敷で水際は柔らかい泥やヘドロで足を取られると底なし沼よろしく深みにはまってそのままアボーンなんて事故もあったようです。
思い出しても釣りくらいしか記憶がない…
この時期はミニバスも練習も試合もなかったし。
父親が存在せず母も夜の仕事だったので家族によるアウトドアーなるものは縁がなかった。
でもそのぶん友達には恵まれていた。
あーそういえば、周りがバイクに乗り出すお年頃にはタンデムでツーリングに連れて行ったもらったかな。
考えてみるとあまり思い出ないなー
こういうのを悲しいとか寂しいとか言うのかしら?
単なる記憶と認識しているので深くは考えません。
ほななん。