まず言っておく事として、わたしは「自殺してはいけない明確な理由」に到達していません。
居ないが故に己の命は己の自由にしていいという論調に直結しているであろう部分は否定しません。
もう一つ「人を殺してはいけない明確な理由」も曖昧なままです。
これは以前触れているけど、人間が人を殺してその相手の全てを奪ってしまう事で成長する事や努力を放棄する事で秩序が崩壊し、いずれ人間は共食いによって滅ぶとだけ書きましたが、これが真理だとは思っていません。
個の相反する二つの答えは多分目に見えない魂やその記憶に由来するのだと考えてはいますが、スピ界隈でいう「魂の成長」が全ての答えだとも思えません。
人間が産まれて生きる理由には程遠い立ち位置にいます。
んで、現実的な事を通していろいろ試行錯誤して理解してきたこともたくさんありました。
その一つが「魂や判断を自分以外の何かに委ねるな」でした。
あくまでも自分で考えて納得したものだけを指針にしていれば「他責」で言い訳をする可能性は限りなく0になります。
んでここからが本題。
相も変わらずあちら界隈でアセンションとか世界統一政府とかもっともらしい大言壮語を唄っています。
他人は知らずわたしは一切載りません。
物事の事実やら真実は社会の中ではなく、あくまでも己の魂や記憶の中に存在しています。
これは揺るぎません。
といってわたしは己の命を安く値踏みしてもいません。
それなりに何か役割があると確信しているので、誰の自由にさせません。
わたしの心と体はわたしだけのものです。
今目の前に転がっている「現在のところ正しい」と言う認識だっていつか覆されるかもしれない。
現実などそれほど不確かで脆いものなのだよ。
ほなね。