ちとおセンチな内容。
人間は生まれて生きて死んでいく。
これは自然の摂理なんて御大層な言い回しを用いるまでも無く至極当然の事。
問題なのは死は誰であろうと避ける事が出来ない事実である事に対して生き方が異なる事かな。
人によっていろいろだけど、例えば立派な人になって名誉を欲するとか、欲望に任せて刹那的な生き方をしても死は同じ。
お釈迦様が遺した維摩経なるモノはどんな人間でどんな生き方をしても悟る者は存在するという内容だったと記憶している。
ご多分に漏れずわたしも欲望塗れで時にこれが己を苦しめたりするのだけど、本当に人間と言うのは不可解で不思議な生き物だと思う。
ここで言いたいのは生きている間に何を為そうとか、ろくでなしとかクズが存在価値がないとかそういう次元の事ではない。
率直に四苦八苦する理由が知りたいと考えているに過ぎない。
聖人君子と呼ばれるような人にだって苦悩はある。
それも自縄自縛と言う場合が多く、これがストレスになりその捌け口が過激になるなんて珍しくもない。
本来これは誰の所為でもない自分の責任なんだけど、昨今に限らず太古の昔から人は自分がではなく、他人が納得、賛同する「他責」を求めてきた。
これがそもそもの間違いではあるのだけど、人間である以上これもまた仕方がない事なのかもしれない。
けれどわたしはそこで思考停止したくないのだ笑
己を許せずに生きている人、他人を許せず苦痛を抱えている人様々だと思うが、どういう答えならそれらエゴや執着を手放しより優しい世界が実現する方法を考えている。
でもこれも百人いれば百通りの答えが存在する。
本当に難しいね。
ほなね。