先日の更新で少し触れたマウントという言葉。
ここに焦点を合わせてみましょう。
お断わりしておきますが、わたしは決していい人でもなければ善人でもありません。
従って私生活においても稀に口汚く罵る事はあります。
さて。
リアルでマウントを取って優位性を感じないと理性を保てない人が存在します。
既婚者が独身者を叩くアレとか、学歴で叩く、生まれで叩く等々。
何とも馬鹿げたお話ですが、その中に知ってか知らずが意味をよく知らないで使っている真正の馬鹿が存在します。
その一つが河原乞食なるもの。
これは歌舞伎をはじめとした伝統芸能人を貶める意味で使われているようですが、川原乞食は強ち間違いでは無いのですが正確には違う。
そもそも歌舞伎、能、狂言のルーツは傀儡舞や田楽と言われています。
猿楽もその一つでしょう。
ここにいた人がどのような経緯でそこに至ったのかを知らなければ意味を知った事にはなりません。
遡る事平安の昔。
田楽や猿楽はその当時から土着的に催されていたようですが、傀儡舞は少し異なる。
当時朝廷内で権力抗争があり、果ては武力衝突なり家を無くした言わば戦災孤児が身の置き所もなく彷徨った末に行きついたケースがあり、この一点においては被差別部落で言うところの穢多非人とよく似ています。
同時に権力抗争で罪人とされてしまい、没落した貴族の末裔もここに含まれます。
さらに刮目すべきは彼らの中には朝廷で雅樂を奏でていた方もいてそれが長じて傀儡舞になりさらに能や狂言、現代の歌舞伎に至る事になります。
よく梨園のスキャンダルが持ち上がると河原乞食と罵る方がおられますが、よく意味も知らず罵るためだけに言葉で人を斬る意味においては言ってる本人の方がよほど心が貧しくて卑しいと思うのです。
己の国の歴史を知ろうともせず卑しい考えで人を愚弄するのは自ら恥を晒していると言えるとでしょう。
ちなみに穢多非人の歴史?ですが、こちらも先述しましたが、主に罪人として裁かれ家を取り潰された末裔が氏名を剥奪され人がやりたがらない所謂汚れ仕事に従事させられたのが凡その本質。
その職種の主な内容は割愛しますが、そういった経緯で士農工商の下に置かれる事となったの経緯となります。
さて。
川原乞食や穢多非人に関してはこれで凡その説明がつきますが、問題は現代におけるマウンティングの方です。
こちらは…
一円を笑う者は一円に泣く、本人は人をコケにして笑ってるつもりでそうが、実際は言ってる本人が一番笑われているという何とも滑稽なお話でした。
ほなね~