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This Armor

古今東西何でも研究所

孤独と古典

最近一部?でおひとり様推奨が流行っている?のかな。

一人でいる事のメリット、デメリットなんて言うテーマで動画になったりブログにも書かれている事が増えたようです。

かくいうわたしもおひとり様。

細かい理屈はすっ飛ばして「一人でいると気兼ねなく過ごせるので楽」に尽きる。

ある著名人は一人の時間が増えると本を読む時間も増えると言っていた。
これは理にかなっていると思う。
でもまずおひとり様というより、人間関係で疲弊している方に推奨するのは
「寂しいから何かをする」をお辞め頂きたい。

この時点の動機付けで人間関係に疲弊する原因が成立しているからだ。

それよりも「一人でしかできない何か」とか「一人の時間をどう有効に使おうか」を考える事をお勧めします。
そこでやっと「読書」という選択肢が現れます。

と言ってもおひとり様に限らず読書が趣味と言う方は沢山いるし、わたしも本来読書が大好き。

以前にも触れている事なんだけど古典の良さは先人の知恵とか、その当時いろいろな柵で埋もれてしまっていたであろう一部の「事実」が書かれている。
そこから学ぶ事って意外とたくさんあって、殊に日本史を読んでいると日本人の成り立ちとか現代人と大差ない事に気が付く事がたくさんある。

歴史上の人物だってたくさんいるのだし、それぞれの視点で読むと更に意外な物事もよく見えてくる。

これは現代を生きる知恵にも通じていて、役に立つ事もたくさんあったりする。

翻って現代で言う「パリピー」とか「リア充」と言われる人たちの発言や行動を見聞きしていると、「己の神経削って疲れないのかな?」と思う事も屡。

楽しければいいけど、それが何らかの作為によって演じなければならないとなれば苦痛以外の何物でもないだろう事も想像に難くない。

人によっては立場上そうなってしまうとか、目的の為にそれを完遂しなければいけないとかいろいろだろうけど、それでも「真の友」と言える人に出会えるのは稀だろう。

決してリア充の方を見下したりバカにしている訳じゃない。
それはそれで楽しいのもよく判るし、その時点ではそれが何物にも代えがたい何かなのだろうとは思う。

わたしの経験で言えば結局わたしはわたし以外の何物でもないしそれは決して誰にも肩代わりできる存在ではない事。
それに気が付いたら次の段階があるのだけど、それ以前だと「寂しい」が原動力となってしまい、不用意な疲弊を招いていた。

仕事仲間とか言い様はいろいろだけど、そこに居場所を求めるかどうかも個人の自由。
けれどわたしはそこに居場所を求め無くなって久しい。

言い方も人それぞれだけど、詰まるところ「己が己である事を認めて受け入れて更なる己」になれば人なんて勝手に寄ってくるものだと認識している。

お友達をあまり必要としないおひとり様の独り言でした。

ほなねん。
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