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This Armor

古今東西何でも研究所

屁理屈捏ねるから理解が及ばなくなる

当たり前と言えば当たり前ですが、某動画において今年2025年に起きる事といった見出しの動画が増えました。

内容は様々ですよ・・・
本当に様々。

観ていて感じるのは一貫して現在存在している既成概念そのものを手放そうという行動から遠ざける感じを覚えてます。

他のオカスピ動画でもこれは同じなんですが、彼等はどうしても強弱とか勝負、競争と言う概念を手放す事が出来ないようです。

こんなのスピに傾倒してなくても、2011年の災害を振り返れば日常が如何に曖昧で不安定で脆く儚い物事であるかを見せられたはずだとわたしは感じています。

尤も滑稽に思ったのは、某動画の質問者の一人が一貫してお金の事しか訊いていない事でした。
多分小金持ちくらいの投資家か何かなのかもしれませんが、わたしに言わせると有価証券を始めとした金融商品で不労所得を得ている、或いは得ようとしてる時点でOUTじゃないかと思います。

お金は大事ですが、お金で買えないものが確実一つだけ存在します。
それは命です。
これだけはどれだけ大金を積んでも抗えない寿命があります。

わたしが知る限りの事になりますが、日本は特にこの30年お金で苦労しています。
もちろん使い方の有効性に問題はあるにせよ、これでもかってくらいお金が原因で、やりたくもない事して、時間とか若さを搾取或いは失ってきたと考えています。
人によると言うかこれこそ本当に選択の時としか言えないと思いますが、それだけ苦しい事の原因が判っていて手放す事が出来る、出来ないが問われます。

この概念を言う前に利他の精神だとか、感謝だとか、魂の学校とか屁理屈を言うから本質から遠のき理解からも乖離していると感じるのです。

まず競争を止めては如何ですか?と過去に書きました。
お金を捨てろとは言ってません。
拝金主義を見直しては如何ですか?と書いてきました。

そう言えば某動画の質問者の中にはお子さんの事ばかり気にしてる方もおられましたが、その方がどういう状況に身を置いていて、どういう環境を与えているかまでは判り兼ねます。
多分お子さんがいる親御さんとしては、お子さんの将来はどうしたって気になるでしょうし、気が気でないでしょう。

教育云々を語る前に心ありきで話をしなければ健全な議論も出来なければ、哲学も成立しません。
ここを蔑ろにして、宗教に身を委ね、その教義が語るところの道徳を前提に行動してきた結果が今現在だと何時になったら判るのでしょう?

人生に意味があるかどうかなんて自分で決めればいい、例えそれが収入に繋がらなかったとしても心穏やかに過ごす事が可能かどうかは流石に責任取れませんので何とも言えません。

でも何時如何なる時選択を迫られた時、考えて決めるの己自身である事を忘れてはいけません。

今年何か起きたとしてその後の世界にわたしがこの世界に生きのこっているかどうかなんて事も判りません。

幸不幸も所詮何処かの誰かが作り出した紛い物の概念に過ぎません。
己がそれを感じる事が出来るかどうかも自分次第だと思います。

不安を煽るような内容の動画が跋扈していますが、生きてこの世に在る限り全ての選択と答えは自分次第である事をお忘れなきよう。
選択を誤って後悔してもそれならそれで納得も出来ると思いませんか?

とりあえずわたしが言いたいのは今自分自身を苛んでいる原因が判っているなら、直ぐには無理でも手放す事を考えてみては如何でしょうか?

ほなねー
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