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This Armor

古今東西何でも研究所

居場所

さらに続く。

こういう事を考えてまとめる時期にあるのだろう。

大抵の人が家庭や職場、或いは知人友人といった居場所を持っている…のか?

これ大抵の人が勘違いしているのではなかろうか。

今いる場所は己一人の力量で築き上げたものではない事。
それを認めて受け入れる相手がいて成立している事。
この二点を蔑ろにしている人は結構いるのではないか。

居場所も確固たる信念も己の中にある事に気が付いていない人はかなりの数に登るではないだろうか。

嫌味という事ではなくこれも厳正たる事実であってそれ以外の何物でもない。

芸術がそれ単独では存在しえないように人もまた一人では人足らぬという事。

こういう事に関心を向ける機会が無いのか、多忙故かどうしても視界に入る事は少なくて、気が付けば慢心して愛想をつかされ満身創痍よろしくどん底の状態で人は離れていく。

わたしはそういう人を何度か見てきたし、わたし自身も居場所はあるものの人の和のなかに居場所は無いと考えている。
それが正しいかは別の問題として、これも何度か触れているが現代人は己の幸福や価値観自分以外の何かに委ね過ぎる。
己以外の何かにという行もまた、現実であり事実。

委ね過ぎて知らぬ間に依存にすり替わり、その関係性に疲れると愛想も尽かされる。
そんな人を何度か見て接してきた。
もちろんこれはお互いの価値観の問題ではあるのだけど、問題は依存関係になっている事を知ろうとせず都合の良いウソを是とし、都合の悪い事実を否とする事でその馴れ合いとか依存という機能不全を来す。

さらに問題はこれが発覚した時都合の悪いウソで作られた価値観をさらに塗り固め関係性を強固にしようとする。

これが不毛で不健全な関係性に陥る最大の要因なのだが、多くの人はこれを知らないふりをする、或いは蓋をする。

これは都市伝説でもなんでもなくて人生における理とか真実。
言葉を引用すれば真言とも言える。

ぬるま湯で楽な関係なら誰だって依存していたいのも当然の理。
そこから抜け出して己を生きるか否かも個人の自由。

そう、昨今の「持論」や「炎上沙汰」はこの自由を縛るもので、意に染まねば排斥の対象とし、その価値観を作り上げるのが本質の一つ。

果たしてこの事に気が付いている人はどれほど存在するだろう?

これは最近はいざ知らず、わたしが義務教育課程にあった頃は教わらない。
今どきはこういう事も教えるのかな?

集団生活の何たるかを最優先するカリキュラムではこの考え方は正反対にあるもの。

だが、人は一人ではないと言えど、何かを決断する時は必ず一人なのだ。
その責任は本当に重くて、それこそ何故このような事で重大な責任が発生するのか理解に苦しむ。
これは日本人特有なのかは知らない。

しかしわたしの知る範囲で日本人はやはりどこか歪んでいる。
個人主義とか個性と言っても未だにマスコミでああいった議論がなされているのだ。

この根底には日本人特有の価値観が存在していて、しかもそれが経済に直結している。

例えば一人前の給料を得るには一人前の仕事が出来なければならぬのは当然なんだけど、それが不当な搾取を産む方便に使われている。

そして往々にして一人前とか組織に多大な貢献をしてもその価値観によって十分と言える報酬が払われる事は少ない。

つまりここにも歪みの本質があるわけだ。

若い人達に多くの賃金を与えるのは良くないとする…というよりも搾取の構造が崩れる事を良しとしない風潮が未だに蔓延っている。

しかし逆に考えればだが義務教育課程においてお金の価値観はともかくお金の使い方を教えるのはとても有効なのだが、それすらしないのも現代日本。

陰謀論は知らぬが、当事者である日本人とその一握りである財界人は日本をどうしたいのだろうね?

答えは簡単なんだけど、それが成就したところで彼等が得るものとは?

永遠の命と富?

それも悪くはないし、それで人間の欲を満たす事が出来るとは思えない。

ではぶら下がった人参を見て走る馬や泳ぎ続ける魚のような人生が正しいかと問われれば答えるまでもないだろう。

もう一つの答え。

喜びが人生の中にあるのではなく、人生が喜びに包まれなければ沢山の人が満たされる事は困難だろう。

逆転の発想はどこにでも転がっているし事実それに気が付いてる人もたくさんいるのだけど、ローマは一日にしてならずとはよく言ったもので、大きな変化は目に見える形でないと中々伝わらない。

わたしには一連の議論が人を満たすとは思わない。
「思えない」のではなく「思わない」のだ。

これもわたし個人の見解に過ぎない。
確信している訳でもない。
これはあくまでも過渡期における一つのベターに過ぎず、最後の答えはもっともっと先に存在する。
確信しているとすれば人間の領域を超えた先に答えがあるという事くらい。

でもそれって多分体を持った状態では判らないのかもしれないね。

オカルトで誤魔化すつもりもないけど、そう考えなければ説明がつかない事だってたくさんあるのでそれもいいか。

とにかく今目の前にある居場所は仮初のもの。
本当の居場所は己の中に存在していて、それは誰にも判らなくて己で見つけるしかない。

ほななん。
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