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This Armor

古今東西何でも研究所

希望があるとすれば

数ある陰謀論とかスピとか観ててうんざりするんだけど刮目に値する事が一つ二つ。

その一つは主に金融なんだけどこれは次回の更新にします。

もう一つは人生の概ね全てが自分の為に使えるというか、己にリソースを全振り出来るとかそんな事。
こっちは陰謀オカスピ関係なく現実に最も近く相応しい。

簡単な理屈として利己主義ではなくて、自分自身を大事にする事で他者を己と等しく大事にする事で柵や不要なトラブルで気に病む事がごっそり減るという事。

これ本当は今すぐにでも出来る事なんだよね。

誰かが何かを決めつけた価値観が独り歩きした事と一人一人が己の頭で考えず思考停止してきた事で現在に慕っている事は何度も触れている。

少し気がかりなのはこんなシンプルな理屈を何故今になって促すのか?くらいかな…

ちょっと作為は感じるけど、傷つきたくない痛い思いしたくないこの二つを回避するには何をすればいいかよりも、何を止めるかが優先になる。
何をすればいいかはその後だよ?
今抱えている苦痛の理由を考えてみれば判る事。
ただし現実の問題としてそれを手放す事が出来ないかもしれない。
けれど手放す事自体が必要なくなるかもしれないよ?
だって自分一人がそうやって苦しんでいても誰かが何かを手放す事でその苦痛を止める可能性が広がるからね。

ここは少し他力本願的でこういう表現しか出来ないのがアレだけど、相互扶助ってそうやって広まっていくのだろう。

でもそれで全ての問題がクリアになる訳じゃない事も忘れないで。

こういう時期に至っても尚己の執着にしがみつき邪な事を考え行動する輩が一定数存在する。
多分そういう連中も大きな変化の中に溶け込んでしまうのかもしれないけど、そこはよく判らない。

悪人として裁きを受けるべきなのかどうかなんてわたしが決める事じゃないけど、必要があればそれも止む無しだからその覚悟もしておかないといけないね。
覚悟で言うなら広義の意味において既存の価値観のほぼ全てが崩壊するのだからそれを知り受け入れるにも覚悟は入用になると思う。
もっとも誰かが誰かを裁いて殺めるとなればやはりそこに新たな禍根や負の連鎖を紡ぐ事になるから出来れば回避したいね。
大きな変化の度に何らかの犠牲があったのが今までの歴史だけど、今度はそれ以外の方法でその変化を迎えればいい。
もちろん変化する保証もないが、そう考えでもしなければ何も定まらない。
それはわたしやわたし以外の人の心構えの事。

わたしがたった一つ望みを見出すとすれば本当にこの事なんだけど、実現するといいね。

きれいごとになってしまうという今のこの気持ちももしかしたら大きな変化でそれが杞憂だったとか、間違いだったとなるのかもしれないし。

準備が出来ているとは言えないし覚悟も出来てるとも言えないかもだけど、相応に覚悟はしているよ。

ほなね。
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