虐待サバイバーの記事を見た。
何と言うか共感できる部分はあるし、概ね同意。
少し引っかかったのは虐待サバイバーがマイノリティとしてるとこ。
身も蓋も取っ払ってイジリを含めれば虐待加害者は縁のあるなしに関係なく、とても多いのではないか?と考えた。
簡単理屈ではないけどよくある事の一つにいじめの加害者にはその自覚が無く、覚えていない事も多い。
それくらいカジュアルな気分でするのだから無理もないという理屈は理解出来る。
けれど被害者の方はそうはいかない。
記事の方も同じ事を書いておられたが、こういった特に過去に起きた虐待やいじめで、特に動画や音声で記録を採っていない段階で裁判や事件に踏み切るのはとてもリスクが伴う。
しかもしかもこの手合い社会的な信頼は絶大で周りの評価は「とてもそんな事をする人には見えない」というタイプが多い。
それも裏を返せばそれが本人にとって日常であり、まるで呼吸をするように擬態するとか、誰かしら傷付けているという事も多い。
これに対して政府や関係機関は…というよりその関係者の認識の問題によるところが大きくお役所仕事よろしく訴えられてくる事の中身がまるで映画やドラマで起きていて現実に起こる事などあり得ないと考えている方も少なくない。
そういう思考の人は恐らくそういった事とはほぼ無縁だったか、サイレント加害者である事もあり得る。
記事の方は出来る事なら実名で仕事がしたいと同時に、お子さんに自身の過去を知らせてはならぬ考えているようだ。
同時に周りから投げかけられる言葉にも言及しておられた。
曰く生と死のボーダーラインに何度か立ったと。
其処の事に対し、偶々生き延びたと。
ここにわたしは反応した。
わたしもまぁ根性とか努力で切り抜けてきたとは思えない。
本当に偶々生き延びたとしか言えない。
けれどこの方は行政に対して力を貸してほしいとハッキリと言及しています。
わたしはこの段階で少し経験が違うと感じたけど、少なくとも周りに助けてほしい、力を貸してほしいと言える姿勢に心が動いた。
それは少なくとも己の状況を理解し、葛藤した上で出てくる言葉である事をわたしは経験上知っている。
世の中はコロナやら政治経済やらてんてこ舞いでそっちばかりがクローズアップされて、こういう問題は蔑ろにされがちに思えるが、何処に至ってそこで人が生きている事を忘れないでほしい。
我エリート足らんとして公僕を選び矜持を持つなら猶の事あなた方関係者が持っている裁量にはそれを何とか出来るかもしれない力が存在する。
同じ様に社会全体で起きているあらゆる事件だって必ず人間が介在し、人の心が存在している。
人の心を持っているのは公務員や企業のお偉いさんだけではない事をよく考えてほしい。
あなた方が毎日の食事の内容と値段を楽しみにしている間、毎日の食事をどうすれば捻出できるか悩んでいる人が居る事も知ってほしい。
負の連鎖を止めるのはとても難しい。
止めるのも継続するのも人の心次第だからね。
わたしは負の連鎖を止める意味で根性の人生において妻子を持つ事をしないと決めた。
と言っても比べる事ではないにせよ、多分記事の方の過去よりも楽に生きてきたようには思う。
でもそれでもこういう切っ掛けがあると考えてしまう。
法が許すなら相手方全ての命を絶ちたいと思う事だって珍しくないのだから。
生きてる限り許すしかないとも思わなくはないが、わたしが問題にしているのは感情に拠る妥協ではなく理性によって許してはいけない事だと考えている事だ。
法に触れない罪だってたくさんあるんだよ。
けど悲しい事に加害の自覚がない連中は法に触れない罪に拠って呵責に苛まれる事もなく今までしてきた事の全てが正しいと信じて疑わず、自覚のないうちに新たな被害者を増やしているのが事実でもあるんだ。
難しい物事ではあるよ。
けれどそれでも連鎖を防ぐべく苦痛を抱えて生きる事も、別の方法で生きる事も本人次第。
共感は出来たけど、状況や過去が異なるからそれ以上の事は言えない。
どうすれば人の心の中から害意や悪意を減らす事が出来るのだろうか?
ほなね。