どちらかというと終活に近いお年頃。
この歳になっても判らない事はたくさんあって、中でも「何故自分は健全な人なら受け入れる事が出来る事が辛いのか?」というのはずっと心の中に居座っている。
毒親というワードが一般的になったのは多分この15年くらい。
何故この言葉が一般的にならかった背景には世間体とか、それを言ったら身も蓋もないとか、最も厄介なのは己以外の所為にして言い訳するな!というもの。
勿論そんな事を考えると自分でも言い訳がましいとか考えてしまうものの、世の中は功罪と言うものがあり、そういうタイプはエネmeと呼ばれる事がある。
これには一理どころか十理二十理ある。
しかしそれでも言い訳や責任転嫁を良しとしない気持ちが降り切れず、やりどころのないモヤモヤに拍車をかける。
実際どっちが正しいかなど判断が非常に難しい問題。
わたしがもっとも辛いと思うのは大人の振る舞いを演じて自分の本心を噛み殺してしまう事。
それでも随分言えるようにはなった。
いくら歳をとってお大人になったとて人間である事に変わりはないし、痛い言葉には傷も付く。
場合によっては気力回復するまでに相応の時間を要する事だってある。
しかしもどかしい事に両親を憎み切る事が出来ないのだ。
父は鬼籍なので憎悪しても仕方がないという諦めがあるし、憎悪するほど父の事をよく知らない。
本当に記憶が数えるほどしかなくてこれはある意味ありがたい事ではある。
しかし母はどうか?
憎悪以前の状態というのが現実。
一人の人間として観れば母も人間だし、至らないところもあった。
それはわたしも同じ事だ。
一つの通過点として肉親を柵から切り離して一人の人として観る事が出来れば楽にはなる。
しかし楽になっても解決には遠く、返って判らない事が増えたりもする。
詰る所己は何者なのか?なのだが、その座標軸そのものが健全な人に比べると不安定と言えば判りやすいかもしれない。
アイデンティティの根本を成す何かが不安定だったり欠如しているのだから本人はもちろん関わる人も辛い。
これを専門用語に変換すると境界性人格障害とか共依存と言う。
回復か上書きかの二択ではあるのだが、相応に時間がかかる。
気付きを促してくれる人自体が少なかったり、促されても間違った価値観がそれを阻害するから。
わたしが目に見えぬ世界に関心を持ったのは幼い頃からの事だが、そういった背景があったのかもしれない。
目に見えぬ、言い知れぬ不安の矛先がそちらに向いたという理屈。
だからと言って訳の判らぬ屁理屈をこねて解決を図ってきた事はない。
単に人は目には見えぬ心とか本音を持っているものだから憶測や推測の範疇で考えるときにいくらかヒントになった程度。
要約すれば悪魔の証明に他ならない。
人が見てきた物事をどうやって認識するか?それをどうやって証明するか?となり、厳密に言うとこれは心や思考が可視化出来ないと無理という事になる。
状況を立証するには他者の証言があれば証明できるが己の見てきた物事をありのままに立証する事は事実上困難な事。
しかし逆に言えばその不安があるから礼節や人を思う気持ちが発達したとも言えるのだ。
この世界にある法則や真実などほんの通過点であり、現在のところ通説ですよと言う程度の事でしかない。
そしてこの根幹を揺るがす迷いが生じたときは本当に辛い。
何から手を付けていいのか判らず、手に着かない事が多い。
迷った時の道標。
ありのままに見る事感じる事、出来るだけ考えない事。
これを現実逃避と言ってくれるなよ(笑
そうやって生きてきて沢山の物事を失ってきた。
でももう失いたくないのですよ。
少なくとも己自身を失う事は二度と御免さ。
ちょっと長い痛みの揺り返しか痛みが治まった事で心が疲れてしまったので書いてみた。
ほな。