一言でいうと民族そのもの。
諸説あれどわたしはポリネシア、ミクロネシア由来説に傾倒しています。
その根拠は感情に拠るところではあれど、何処をどう考えても日本人と大陸人の感性や考え方、生活様式や風俗、習慣等がどうしても違い過ぎるから。
もう一つはムー大陸説によるもの。
こちらはまた別の更新で書いてみます。
そんで今までわたしが考える日本人のいいところを挙げてみる。
生真面目なところ。
これはバレなきゃいい、人に見られていなければ何をしてもいいという考えが少なくて、常に己を律する考えに基づいて行動することろ。
あらゆる物事に手を抜かない。
日本は災害の国と言っても過言ではなくて、従って建物がそれに対応できるよう頑丈且つ柔軟な作りになっている事に由来する。
分析研究熱心。
これもあらゆる物事に通じるが物事の事象に対して原因を追究する、メカニズムを追求して無駄を省き小型化する事に特化している。
今時は少なくなったかもしれないけど何をおいてもまずお互い様、譲り合う心。
特に日本人同士だった場合ここに禍根が残る事は少なくて、仲良くなる事も少なくない。
道に対して真摯。
これはあらゆる一本道に対して技術や所作を伝えるだけでなく、人としての在り方や人と接する事に対して出来るだけ誠実であれという教えが必ず存在している。
博愛。
これは自分を後回しにしてでも他者を優先する事に由来する。
最近になって顕著になっているのがきちんと他者との距離感を保って且つ相手の個性や自分との違いを認めて考えて接するところ。
概ね沈着冷静。
このくらいかな?
わたしの主観だとこういう事になるけど、でもこれが全てではないし、日本人の全てが善人という訳でもない。
勤勉は過去の遺物と成り下がったけど、このご時世にきて報徳思想が復活しつつあり、自分ファーストじゃなくて、未来ファーストを考える人とても増えたように思う反面、そこで絶望してネガティブになる人も増えている。
どちらに染まるか旨く折り合いをつけるのか判らない所だけど少しずつ変化はしているし、その兆候は既に30年前から出ていた。
しかし考えてほしいのは30年前はバブル崩壊と言う経済事故が起きた事で、本来その時点対応しなければならなかった事が蔑ろにされてしまった事に隙が生じそこに付け入る形で善からぬ邪な価値観が横行跋扈した事にも直結している。
ここでいう対応とは一時の苦痛を耐えて壊すべきものをきれいに壊さなかった事を指すのだけど、当時は長銀破綻をはじめとして金融会社が統合、政府による救済など焼け石に水な措置がなされた。
その結果が失われた30年を産みだしと言っても過言ではない。
そしてあれから30年も経ちその間にいろんな物事で経済が周ってきた。
刮目に値したのがアムラーブームによるJKを中心に経済が廻っていた事もあったくらいだ。
同じとまではいかないしても現在に沿う形の価値観に基づいて再構築する事は十分可能なのだ。
しかしそこをきちんと理解しなければ分解も出来ない、従って再構築も出来ないのも理である。
ほなね。