答えは簡単だよ。
100年先を見据えた教育を怠り、個性と称してクソガキの蛮行を容認した事。
その世代が現在の親世代になった事。
あらゆる物事に対する責任所在地を裁判でしか追求しなかった事に尽きるのではないだろうか。
わたしは責任と努力と頑張ると言う言葉と概念は大嫌いだが、それは最低限且つ最大限が前提である。
もう一つはこれらの物事に対してきちんと叱る大人が減った事、大人は何を言っても傷つかないとばかり舐め腐ったクソガキを放置している事。
政府のやる事なんぞ見なくても判る事だよ。
大元を質すなら政府の責任は大きいとは思うが、だからと言って政治家と繋がる何某かがそれを模倣していい理由にはならない。
何でもかんでも金で済ます事が出来る富裕層にその傾向が強く観られる。
戸籍制度の廃止を訴えてる連中の発言を見聞きすれば判る事でしょう。
奴らの頭の中には新しい権力に座って自分達が甘い汁を吸うくらいのお頭しかないのさ。
夫婦別姓にしたって理屈は同じ。
順を追って言うなら、現行の司法と憲法だと戸籍が無ければ銀行口座を開設できない、そうすると賃貸契約や、分割払いも出来なくなる。
さらに日本国政府が担保するパスポートも発行できなくなる。
更に車も買えなくなる。
何でか?
住所が不定なんだから車庫証明が取得できない。
この程度の事は発言してる本人達は理解しているだろうが、己の頭で考えない人は簡単に流される傾向にある。
恐ろしい事のように思えるが幼稚と言う意味においては噴飯ものの理屈と言える。
恐がることはないし、正しく畏れればいい。
税金のカラクリやら、国債のカラクリやらが露見し始めて焦ってる連中は存在するだろう。
そりゃそうです。
これまで80年かけて愚民化政策を推進してその通りになってきたのが、ここにきて壊れ始めた。
夏の参院選もそうだ。
国籍や帰化歴も開示されぬまま投票するなんてアホ過ぎる。
大人になると言うのなら、まず群れるのをお止めなさい。
孤独に身を置いて思考しなさいな。
孤独の効能って結構凄くて、とにかくインプットとアウトプットの繰り返しになる。
しかしそこが最適化される過程で取捨選択が進む。
進むと何が起きるか?
これも簡単です。
本当の価値観は誰のものか?本当は誰の責任か?が見えてくる。
少なくとも自分の価値観や物事を他人や自分の外に存在する何かに委ねる事は減るか無くなる。
そうすると何が起きるか?
誰の視線も価値も気にせず自然体で楽に生きられるようになるか、それに近付く事になる。
特に日本人は子供の集団が多いから尚の事これらの事が推奨されてしかるべきであり、子供が率いる子供の集団と大人が率いる大人の集団のどちらが優れているかは明白であろう。
誰かと一緒に人生を過ごしたいと考えるのも自然な感情ではあるが、できれば大人になって、大人同士で一緒に居る事を選択した場合子供脳で見える物事と大人目線で見る世界は全く違ったものになる。
バカの振りしてるのか、真正のバカなのかどうでもいい事だが、これ以上公の場に出てくるのはご遠慮願いたい。
ほなね