呟きの投稿の中に「端的に言うと」という文章を見かけてモヤッとした。
で、調べてみる。
多くの人が「簡潔」という類義語と勘違いして使っているように思えた。
わたしは日本人が日本人らしい言葉を使うべきだとまでは考えていないし、実際ネットスラングはネット上で使う事はあっても私生活で使う事は無い。
特に意味がある訳じゃないし、強いて言うなら相応に大人と呼ばれる歳になってだらしない言葉使いを避けている。
理由は明快で「みっともない」から。
あとこの「的」という接続詞もモヤッとする。
これは主に中国で使われる事が多い様だが、なんかはっきりしない、免罪符という意味合いが強いように思えてしまってなんだか好きになれない。
海外の言語や文章の事はよく知らないけど、日本語はとても難しい。
一説には日本人の肩こりは日本語に拠るところが大きいと言われるくらい。
一人称とかモノの数え方やらだけでも複数の言語があって、英語圏でいう状況を鑑みて言葉少なく語る事と概ね正反対の言語とも言えるのだろう。
言葉遣いが美しい人は本当に頭の中で推敲が完結していて、言葉に無駄がない。
しかも状況を使うまでもなく言葉だけで説明が出来てしまう。
それと最近になってこれもモヤッとするのが「でも」「だけど」が否定に用いられる、或いは相手の言い分を否定しているとされる風潮。
「いや」とか「でも」なんて今時間接助動詞くらいに使われている。
本来は否定になるのかもしれないが、「でも」~○○なんて主に切っ掛けや切り替えるときに使う事が現代風となるのだろう。
人と何か話している内容(状況)で変わる事だけど、例えば何か議論して反証している場合に「でも」や「だって」「だけど」は批判となるのも判る。
しかし世間話程度の内容で一々それを否定とされても困る訳で。
わたしが「的」や「端的」にモヤッとする事はあっても私生活でそれを指摘する事は無い。
指摘した事が原因で詰まらない事になるのはストレスになるだけだしね。
意地悪な言い方をすれば、それは相手の無知無教養、恥を放置するという事でもある。
けれどわたしは自分がモヤッとする言い回しや言葉はあまり使いたくない。
それは美しくないからね。
多分現国や文法をよく知っている人がわたしに文章を観たらきっとモヤッとしたりイラっとして、わたしと同じように無知無教養、恥晒しと考えるのだろう笑
とにもかくにも口は禍の元。
言葉遣いには気を付けたいね。
ほなね。