某画像サイト見てると、対人関係の画像がよく上がってくる。
こんな人にはこう対処しろとか、ダメ人間に関わらないようにするためにはとかね。
興味や関心の対象としては間違っていないんだけど、自身の本質を見るという意味では間違ってると思う。
他人が何をしようがどうしようが結局自身の二択しかない。
関係を絶つか継続するかでしかない。
わたしもよくここで関わりたくない対象とか書いてるけど、それも所詮わたしの二択に過ぎない。
その理由を屁理屈でまとめて自分に言い聞かせたところでそれもあまり意味がない。
嫌なら嫌と言えばいい。
それで止めない相手なら関係を絶てばいい。
そういう単純な事なんだけど、最近の日本は他人と繋がりが無いと死ぬ病気にでも罹っているのだろうか?と笑ってしまう。
比べる事に大した意味もないし、自分のやる事は自分が決めればいい。
一見対人関係を円滑にするための警鐘に見えるんだけど、実際は他人との繋がりを阻害していると思うんだよね。
誰それがこんな事言ってたからあの人はこんな人だよって言葉に踊って自分で決める事も無く決め込んでしまう。
そもそも人間は不完全で不安定な生き物。
そんな中でより完成度や完璧を求めてしまうのは理解出来るのだけど、求める対象が間違ってる時点で気が付くべきじゃないか?
どんなに完璧に見える人でも一つや二つの欠点やら嫌な面は持ち合わせている。
そういう事を擦り合わせるのもコミュニケーションなはずだし、自分と合わない、反りが合わない誰かを知る事で己を知る事に繋がる。
一方的に他人を対象においてこれはこうだと決めつけている事に違和感と危機感を覚える。
例えば移民が押し寄せたらその時の緩衝材にする意味があるとかね…
どうしても譲れない、これは許せないとなれば答えは早い。
人間関係なんてそんなに難しく考える事はないのですよ。
意見が合わなくてもそれを認める事は出来る。
受け入れる事は別になるけど、そういう考え方もあるんだふーんくらいに思えばいい。
ただし自身の領域を侵食されると感じたなら拒絶すればいい。
期待する対象を間違えると悲劇を招く。
期待は他人じゃなく自分にしましょう。
これらも所詮他人の言葉を借りたものではあるけど、自分で経験して噛みしめて辿り着いた一つの答えです。
ほなね。