なんかの映画のセリフに「持たざる者が持つ者から奪うのは権利」とある。
これは漫画の仏陀にも同じようなセリフがある。
つまり二極化や格差が確立してい待った世界においてそれは非合法ではあるが認めらたとは言えない権利ではあるという謂い回しという事になる。
現に現在日本では振り込め詐欺と言うものが横行しているではないか。
これは偏に格差を助長し、資本家が好きに出来るようにしてきた結果に他ならない。
だからと言ってわたしは奪う気など毛頭ないのだが、それでも奪われるとされる側にも問題はあるように思う。
これはヤクザの論理に他ならないが、叩けば誇りが出る連中にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。
まだ奪うという段階がマシと言えるほど現在は共食いが続いている訳だが、わたしはこの事に終止符を打つ気は無い。
あるのは己が生き延びる事、生き延びたうえでこれらを排除する事が目的という事になるのかな。
某陰謀論には資本家の資産を凍結没収出来るという大統領令が存在するらしい。
これも見方を変えれば奪う事ではあるのだけど、何だかこっちの方が余程大義があるように思えてしまう。
本気で共食いや殺し合いを止められるのであればそれも手段の一つだとも考える。
悲しいけど人間はまだそこまで成長しきれていないのか学べていないのか、簒奪する事でしか維新回天出来ないのかな。
あらゆる事が明るみになろうとして、変化を伴っている現代にあって、これを分別する事はまさに死活問題に直結している。
先ず生き延びる事だ。
自分に存在価値があるかどうかなんてその後考えればいい。
もし価値が無かったら、その時点でおそらく安楽死も合法化されているだろうから自ら死を選ぶ事も出来るだろう。
ただしこれはキリスト教圏においてはご法度となるかもだけど、現実にテキサス州は安楽死を合法化している。
まず。
勝ちがあるかどうかは後回しでいい。
出来る範囲で生き延びてその後の世界を考えよう。
ほなね。