ちょいとスピネタ。
この世界は魂の学校と言う言葉は割と知られている。
はて・・・?
ではその魂なるものは何を好き好んでこの時代に親を選んで生まれてきた?となります。
一言でいうと物好きとか酔狂としか言えない。
無論生まれる前の記憶など皆無なので、己の魂が何を考えているかなどわかりようはずがない。
何でもあの界隈では魂は自由とされていて、一部あっちの世界を垣間見てきた人の証言によれば、あっちの世界では己の思うままになるので成長を促せず、しかも思うままがゆえに飽きてしまうので転生をするのだとか。
う~む・・・
判るような、判らんような。
また別の見解だとこの世は死ぬまでの暇つぶしとも言う。
どっちでもいいけど結局何を学び何を見たくて生まれてきたのかくらい知りたいもの。
しかし気付きとは面白いもので、多くの人が己の目標すら判らず生きて死んでいく。
不惑の四十とは言うもののそれは随分前の認識であり、現代社会に変換すれば不惑は70くらいではなかろうか?
わたしなんぞ悩みは減ったが、残った悩みの輪郭が際立ってそれに対して迷うばかり。
迷いを捨て去った時道が拓けるとも言うが果たして?
世の常の人とは少し異なる人生を歩んでいるわたしにとって普通という概念こそが謎であり理解はするものの、目の前に普通と言われる環境がないので戸惑う。
しかしわたしにとってはこれが日常であり普通。
それにしてもわたしの魂は本当に物好きだ。
一般的な家庭や家族とは縁がなく、立身出世にも縁がない。
名を馳せたいという野心もあまりない。
欲はあるが、それが今生で叶うか判らない。
風が吹くままに生きてきたが、もー飽きたー!
と言ってすぐに天に召されるのも困る。
もっと困るのはわたしが諦めていない事(笑
何を?それはわたしにもよく判らない。
ただただ、何か役割があるのだろうと生きている。
迷ったときは何でもいい。
楽しめ。
笑う事もまた、道を拓く鍵になる。