あらゆる情報と言うほどの量でもないし、その裏付けも不確定なものが多いので何とも言えない。
ただある程度の情報をまとめると遠くない将来世界は変わるという事らしい。
んで、この変化なんだけど人類にとって希望に溢れたものであるか、絶望に満たされた世界であるかは未確定。
正直わたしはどちらでもいいと思っている。
良い事も悪い事も併せて人間が実行してきた事とするならすべては必然。
ただしここで悪い事に焦点を充てるとそれを企画する者、実行する者、巻き込まれる者、傍観する者とそれぞれに立場があるのだけど、わたしは恐らくこの中の傍観する者に該当するのだと思う。
そして傍観も別の言い方をすれば黙認であり、「何もしない罪」とか「背く」と言う意味においては企画実行するものと大差がないと考えてる。
以前わたしが今生きている人間に救う価値があるのか?と書いた事があるけどその根拠がこれ。
詳しく書かなくてもこの意味が判る人には判る事だし、判らなければそれはそれで問題はあれど本人の選択の問題。
繁栄するとか滅ぶとかもうどうでもいいギリギリのところまできてるのも現実なんだろうし、かといって負の感情を焚き付ける事はしない。
とどのつまり「人間の存在価値」を明確な形で教えてくれないかな~と匙を投げる寸前とも言える笑
あちら界隈で言う「素晴らしい世界」と言うものがどうにもわたしには手放しに歓迎できる事とは思えない。
疑心暗鬼の所為もあるのだけど、なんていうか、体制が改まったところで邪で善からぬことを考える人間は必ず存在するし、目覚め?に拠る事でそんな懸念が払拭されるのだろうか?という疑念もある。
つまりわたし未だに人間不信というか、人間が好きになれないのよね。
わたしの好きな歌の歌詞にこんなのがあった。
「もしも神様が本当にこの世にいるなら 今すぐ来て わたしの機嫌を直して」
まぁ現在の立ち位置ってこんなところだろう。
ほなね。