最近若い世代の女性声優さんの音声動画をよく観ている。
何だか彼女たちの在り様を観ていると本当にご両親に愛されているのだな~とかあんなにかわいらしい娘さんなら家族も悪くないな~などと妄想はします。
しかしです。
やはり私には向かないのですよ’笑
想像してみる。
自身が奥さんや子供、果ては孫に囲まれている姿を想像する。
そこに笑顔のわたしは存在していないのです(悲
家族の笑顔に囲まれていてもわたしは笑顔でいられないのです。
理由は…
生まれつきとしか言えません。
わたし自身は自身の家族と言う入れ物?に執着がない…というより関心がない。
どうしてだろう?
これは考えても仕方ないので思考停止します。
思い当たるとすればやはり自身の生い立ちに拠るところが大きいとしか言えない。
それに少ないですが親族との交流はあるにはあった。
けどよくあるお話で口うるさい親族の誰それなどが存在してて、子供心にそれが極めて不愉快且つ鬱陶しい記憶しかなかった。
親族と言えど血のつながった他人であり、他人だからこそ言う事に遠慮や配慮をすればいいものをそれをしないから幼少時のわたしに反抗心が芽生えました。
こんなに鬱陶しいなら血のつながった親族なんぞいらん!となったわけです。
でもそれと好きな人と一緒にいるとか家族になるのは別の話なんだけど、それでもダメでしたね~
奥さんや子供家族と言うものに喜びを感じないのは人間性と言うものでしょうけど、たまに自分を疑う事がある。
「わたしはどこかおかしいのかしら?」と。
まぁ異端である事を自覚しているのですが強ち間違いではないのですが、ほんの少し寂しい気持ちもあったりする。
それは家族が得られないという事ではなく、おそらく一般的な人なら誰でも抱くであろう家族愛がミジンコほども無い事に対してだ。
だがその反面でそんな感情があったとして何が変わろうか?という達観してる側面もあってまさに矛盾しているのだ。
わたしにとって「愛」に基づいた出来事や結果は本当に複雑怪奇で理解不能。
もっとも愛が好きに変換されてもこれはあまり変わらない。
あり得ない事ではないからあまり気にもしていないけど人間誰かしら生まれついて何か欠如してるとか珍しい事ではないという事で誤魔化している部分もあるし。
これも難しいね。
ほな。