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This Armor

古今東西何でも研究所

立ち止まる事、振り返る事

こういう文章書くの多分初めてだと思う。
わたしが何時人の眼に触れるとも判らず書いて、それで藻掻いて心の内や悲しさやら悔しさの捨て場所だと思っていたけど、それなりに出来そうな事はあるようだ。

さて。
世間一般に蔓延る殺し文句に悩んでいるあなたへ

言われて悔しいとか悲しいとか傷ついたとかいろんな感情が交叉して頭の中真っ白になる事もあるでしょう。
けれど気が付いてほしい。
その気持ちや感情が存在するという事は同じようにそこに間違いが存在している事に気が付いてほしい。

その間違いとは何か?その正体とは?
何の事はない。
あなたを否定、排斥する人は己自身の思考に踊らされている最も憐れな存在だという事に気が付いてほしい。

そしてあなた自身があなたを信じられずして誰があなたを信じるだろう?

物事には順序があってほぼ完全と言えそうな答えに到達するにしたって「とりあえず今はこれでいい」という答えに沢山直面して、さらにそれを何度もフィードバックして不純物を取り除く刀の鍛錬のようにあなたの心を鋼に鍛え上げていく。

勘違いしないでほしいのは「とりあえず今はそれが答え」で立ち止まらない事。
振り返って何度も考えて必ず前に向かって歩みを進めて。

一人前とか、立派という言葉を疑ってください。
同時にそういわれる人がどのような経緯でその立場にいるかも考えてくださいな。
そこには必ず犠牲があるはずです。
犠牲無くして肩書や持ち物を手に入れる人などこの世に存在しません。

その犠牲がお金という代償だったり、時間だったり、人なのがこの世界の正体です。

更に考えてください。
何故人は婚姻を重要視するかを。
人が一人で生活していけるなら本来婚姻して家庭など必要ないモノ。
あくまでも社会の一部であり、人間が作り上げた状況の一部である事をよく考えてください。
そしてもし誰かを好きになった時その気持ちを大事にしてください。
決して相手の肩書や持ち物で判断しないでください。
現代社会は正しい事などほぼ何処にもないのかもしれません。
ですが「間違っている事」はたくさん存在しています。

そしてこれを書いているわたしは宗教学者でもないし、教育者でもありません。
姿勢の一般人の一人に過ぎません。

学校で習う道徳や倫理に拠らなくても間違っている何かに気が付く事は容易ではありませんが不可能ではありません。

社会で生活して人と関わる事で見てくる物事は沢山あるし、その中に必ずヒントはあります。
ですが「答え」はあなたの中にしか存在しません。

その率直な疑問や気持ちを阻害するモノが沢山ある事にも気が付いてください。

特に現在何らかの理由で理不尽な思いをしてる人、不遇を託っている人に何かヒントになればいいのですが。

わたしも人の心配してる場合ではない…はずなのですが、それとこれは別の物事。
博愛という訳ではないけど、やはり人が人の作り上げた「何か」で苦しむ姿を観るのは不愉快でしかありません。

出来る事なら多くの人が生きる事に喜びを感じ、笑い合い疑う事の少ない世界を。

これがわたしの願いです。

ほなね。
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