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This Armor

古今東西何でも研究所

終戦の日

毎年書いてるね。

先ほど特攻隊に配布された覚醒剤の記事を見た。
書いた人は元教諭の71歳女性で、戦時中覚醒剤配合チョコレート工場に勤めた事を基に本を執筆したらしい。
その中にはきちんと当時の状況が兵役を拒む事が出来なかった事やら書いてあったけど、やはりわたしにはそれらがきれい事にしか思えない。

まず現代の水準や価値観で当時を推し量る事が出来ない。
そして決して戦争を美化しないというところも概ね同意はするが、戦争が如何に狂気に満ちた行為であり状況であったかなど当時を知る人にしか判らない。

それを人伝で聴いた本にしましたー戦争美化は止めましょーじゃ説得力ゼロ。

その前にすることあるでしょう?
戦争の狂気じゃなくて多くの人が先に認識すべきは人の心に潜む狂気の方だ。
それをすっ飛ばして戦争反対、美化反対なんて吐き気がする。

それに戦争は相手があっての事であり、日本だけが全ての元凶であるかのような論調にこそ狂気を覚える。

右とか左なんて事も書いてあったけど、まんま真っ赤な日教組のやり口には本気で狂気を感じるし、反吐が出る。

あるがままを開示せずきれい事だけ並べ立てて「あなた方はしてはいけません」と言い続けてきたのがあの世代の真っ赤な連中だよ。

終戦を思う事はとても大事な事。
でもそれはお互いに傷ついた、傷つけあった事を悼む事でいいと思う。

そこになんらかの思想や意見なんていらない。

もしそこに何らかの作為を介入させるなら、人の心に潜む狂気にこそ焦点を充てるべきだ。
そして往々にして武力衝突は狂気が産み出す。

それにしてもこの時期になると必ず当時を知る人本人の話とか出てくるけどそれを第三者が添削してはいけない。
それは厳密に言えば当事者に対する冒涜であり、人権侵害と言うべきではないのかね?

戦争を知らない第三者の心に住む狂気こそ全ての元凶であると何故言えないのだろうね。

本当に本当に本当に愚か者ばかりで眩暈がするよ。

けれどその狂気の中を生きた人、亡くなった人に対して敬意を。

わたしは二度と戦争など起こさせませんなんて烏滸がましい事は言いません。
でも起きてほしくないのも事実。

だからこそ歴史に学んで欲しい。
歴史はフィクション小説じゃない。
歴史には必ず人が存在し、生きていた。

あらゆる要因が絡み合い重なり合い戦争に至る。
原因なんて一つや二つじゃないしそれを特定する事は難しい。
だからこそ日常に潜む狂気に気を付ける必要がある。
出来る事ならその狂気を摘み取る必要がある。

という事でわたしは第三者の終戦話は見聞きしたくありません。

ほなね。
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