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This Armor

古今東西何でも研究所

傲慢

先日のメンタリストの続き。

動画は観ていないし文字起こしとか記事に原文ママで掲載してるだけで十分だったんだけど、なんでも件の彼は幼少時にいじめの被害に遭ったという文言を見た。

で、書く前に己自身を問いただしてみた。

わたしの中には何らかの形で見返すという事はあっても、他人を見下すとかは無かったんだけど、それでも一部共感する部分はある訳で。

ただしわたしの場合彼の言うような生活保護受給者やホームレスが死んでもいいという事は無かった。
あくまでも関わる事が無ければ無関心で住み分けの出来る他人であり、関われば別の考え方も浮かぼう。

例えば支援団体関係者ならその団体の規約や方向性に従う形で接するだろうけど、一つ違うのは生活保護受給者やホームレスの方の中にはある種の矜持を持ってる方もおられると思うのでそこは尊重したいとか、何か問題を抱えていてもその原因を強引に引き出そうとはしない。

話を重ねてあくまでも自己顕示を引き出す事に注視する。

だってどん底?に居る人は何かしら問題は抱えていたとしても、そこから立ち上がるのはあくまでも自助努力(こういう文章と脈絡においても努力と言う言葉は嫌い)だからね。

彼はこの先決して少なくない代償を払う事となるだろう。
でもそこにしたって彼自身が己と向き合う事を怠る事なく考え続ける事で新たな可能性や自覚を引き出すだろう。

だってメンタリストってそういう作業なんでしょ?

ずっと以前に書いたけどわたしはこの10年ほど禅を旨として過ごしている。

そういう状況にあっても、意味の判らない事件やら、許してはいけない物事には義憤を感じるのだ。
無論そういう、言わば適切とか人として然るべき怒りは忘れてはいけない。
でも同時に己が当事者でないなら他人の生殺与奪を口にすべきではない。

仮に己が当事者だった場合猶更慎重に冷静になるべきだとも思う。

彼が一連の出来事で何を見出すかは彼次第ではあるが…それでもあの謝罪は人を馬鹿にしてるしクソガキである事に変わりはない。

分別ある大人になるなら向き合わなければいけないね。
でも別のいい方をするなら彼はそれを勉強して知る機会を与えられたとも言える。

先日のブログでは口汚く罵りはしたが、あくまでもわたし個人の感情に過ぎない。

わたしのこういう意見や解釈に対して賛否がある事など先刻承知だ。

そして傲慢の部分なんだけど、人と言うのはある程度の知名度やそれに応じた財力を持つと簡単に驕り昂ってしまうもの。

これは平家物語にも「驕る平家久しからず」の言葉通り、驕り昂ればその栄華も長くは続かないという意味だ。

ところで彼は平家物語を読んだ事はあるのだろうか。

まぁそんなこんなでわたし自身も決して驕り昂らぬよう自らを戒めようと考えた次第である。

ほなねん。
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