ついさっき三橋さんの動画見て、あーなるほどーとなった。
確かに消費税の在り様って正確に理解出来ていなかったし、何のために導入されたのかも今一つ理解出来ていなかった。
でも議論するところはもうその段階ではないと思うんだ。
都合のいい妄想とか何とでも言えばいいけど、わたしが望むのは出来るだけ多くの人が豊かな生活環境に身を置いて、これからの在り様を導く議論だと思うんだよね。
大なり小なり人は生きていれば合理性と言う理由で微細な犯罪も容認してしまう。
これが何を意味するかって、日本で言う嘘つきは泥棒の始まりと言うヤツで、もっと砕いていうなら、小さな犯罪を犯す事に慣れてしまえば多数の人の生活を犠牲にするような事も容易く容認知るって事なんだ。
綺麗事かもしれない、理想でしかないかもしれない、けれど人間は本当に進歩しなければ未来は無いとも考えるんだ。
信じられるかい?ローマ帝国の昔から人間の心は5%くらいしか進歩してないんだよ?
この原因が何か?これも答えは簡単。
等価交換の法則。
何かを得るなら何かを失うという法則が心を縛り付けている。
わたしは頭が割と柔軟なのでこんな事言えてしまうけど、勤め人で家族を養ってる人の多くはわたしの言う事を否定するか、否定よりの意見を言うと思う。
だって現実に彼等は何かを失う事で家族を得て、何かを犠牲にする事で家族を養ってるんだから当然だね。
わたしはそれらを否定したい訳じゃない。
寧ろ肯定してる方ではあるのだけど、街を歩いて一軒家なりマンションアパートと人が共住する建物が沢山あるのだけど、それを見る度に頭をよぎるんだよ。
「この容れ物を手に入れる為にどれだけの犠牲が払われているんだろう?」って。
此処から少し現実の話になるけど、家族って居ればいいってものでもないでしょ?
特に育児教育なんてどう転ぶか判らない。
親御さんの心情としては良い子に育ってほしいと願ってあれやこれやすると思うのだけど、それが額面通りに伝わってよい子になるなんて保証は何処にもない。
別の例えを引用するなら、最近テレビは無いから観れないけど、ネット上の切り取り動画?はよく目に着くので観る事もあるのだけど、何というか人間性が二極化してるというか。
例えば見た目も人間性も育ちのよさそうな人の親御さんがどんな人か迄は判らない。
でも多分当事者達は予想外だったんじゃないかとも思う。
逆に見た目や人間性に難がありそうな人の親御さんの方が想像できてしまう。
多分だけど、良い子に育ってほしいが為にあれやこれやと詰め込み過ぎたんじゃないかなと。
わたしの妄想であって事実とは異なる事はお断りして置きますが、共通しているのは等価交換の法則じゃないかと。
その前提が本来は自由に育つ心を阻害てきたんじゃないかなって。
一部の親御さんはきっとこの法則が普遍ではなくて、そこには必ず人が介在する事、人が居る限り人の数だけ心が在り考え方があると教えてたんじゃないかとも想像します。
便宜上よい子なんて書きましたが、正確に言うと他人様に迷惑をかけず、自分で物事を打開できる人間に育ってほしいと言う所でしょう。
この迷惑と言う言葉にも等価交換の法則が入っていて意外と気が付いてない人が多い。
後は現代の価値観に拠るところも大きいですね。
共感性とか心根のやさしさと言う意味では、平安時代の坂東武者の行なんかが好事例なんじゃないかと思います。
何故かってあくまでも小説からの出典になりますが、昔の坂東武者はよく泣いたそうです。
それこそ貰い泣きでも周囲を憚る事無く涙を流したそうです。
これは一例にすぎませんが、たった一つの事であったとしても、現代人と大きな違いがあるのはお判りいただけるでしょ?
等価交換はともかくとしても、共感性や心の豊かさを育むのであれば平安の昔より現代社会の方が圧倒的に向いてるはずなんです。
その昔の事ですから、七歳児の生存率自体が現代よりもずっと低かった時代です。
わたしは専門でもないし有識者でもないから政治経済という学問の事はよく判りません。
ですが人を騙す上手なツールである事は理解しています。
こっち叩けばこっちが出っ張る、このループをある程度の公平性で抑えようと言うのが骨子だと思われます。
そういう意味においての世界統一自由経済というグローバリズムは一理ありました。
ですが、それを行使する人材の心が腐ってしまっては無用の長物と化します。
ついでにいうとわたしは共産主義、社会主義に対しても一理あるとは思っています。
ですがこちらも今書いたように運用する人材が欲に走った場合どうなったかは過去の出来事が証明しています。
それでも日本人に民主主義を理解するのはまだ難しいようにも思います。
01で言うならわたしの考える民主主義とは何処までも公正で全てを救う事が出来る思想だと考えてます。
その証拠と言う訳ではありませんが、労働紛争や、労働環境のデータをご覧になる事を推奨します。
バランスの問題とも言えてしまいますが、現代人に合った適正な労働時間と賃金とはどのくらいなのでしょう?
適正な賃金から家族を養うには、手取り額はどのくらい必要でしょうか?
お子さん一人を大学まで卒業させるにはどのくらいの金額を想定すればいいのでしょう?
ここにも等価交換の理が邪魔をした事で、志望大学に行かせてくれなかったとか、学費面の問題で行けなかったというお話は沢山存在します。
「誰もが成りたい自分に慣れる訳じゃない」←これ誰が言ったか知りませんが、わたしはクソ喰らえと反論します。
仮にそれが事実だったとして、誰もがやりたがらない職業が低賃金である事には納得しません。
話が大分逸れましたが、消費税云々も喫緊の案件だとは思います。
でももっと欲張って、人の心を育む事を同時に議論すべきだとも思うのです。
ほなね