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This Armor

古今東西何でも研究所

貧すれば鈍する

本日のお題。

後期高齢者医療費負担2割など。

見出しを見て過ったのは「子の矛先があらぬ方向に向かうのだろう」だった。
思った通りと言うべきか、やはり生活保護受給者に対する医療費負担を課すとか、不公平というものだった。
気持ちは判るし、実際その中には不正な要求をして本来処方される必要のない薬をもらい、剰えそれを売却してお金にする輩も存在するのだろう。

高齢者の中には独居老人が含まれ、診察の必要はないけれどサロンに通う感覚で通院するご老人を抑制する目的があるのも理解する。

双方に言い分があり、それぞれに逼迫する暮らしの中大変な思いで生きているのも判る。

が、総じて思ったのは「日本人の心はここまで卑しくなったか?」だった。

その反面この30年の緊縮経済の被害者だとも考えた。

バブルバブルしつこいが、少なくともアレを境に日本の経済と暮らしは変わったのは事実だ。

ここに書ききれないほどの出来事が複雑に絡み、その末が現在の社会だったり、人々の暮らしに直結してきた。

不平不満を言葉にするのはいい。
だがその発言あらぬミスリードになっている事にも気付くべきではないのか。

その連鎖が負を生み出し連鎖していくと何時になったら判るのだろう。

なんだかとても悲しい気持ちになった。

そこに来て先日はIMFの幹部が日本経済に対し断続的な消費増税を促し、ゆくゆくは2040年に20%にするとか。

もちろん段階的ではあろうけど、最初の消費税導入時と違い緊縮にある財界は増税分すら給料に上乗せする事もままならず、物価と課税だけが上がり、手取りの給料は減り、仕事の負担量は増すばかり。

一部の優秀な識者はこれを唱えていたが、残念ながら握りつぶされる形となり、政府や企業に都合のいいコンサルタントや識者を祭り上げるばかりでは、己の頭でモノを考えたくない人々になんと都合のいい事か。

それが廻り巡って積もり積もって至ったのが現代日本。


不平不満ではなく、負担増が苦肉の策であった事は重々承知している。
同時に本来必要としない診察が増えた事で医療従事者の負担や人手不足と言う悪循環に陥っている事も判る。

しかしだからと言ってこのまま放置しておいて現代のアメリカ社会のように皆保険制度すら存在しない社会でいいのだろうかさえ思う。

グローバル経済が張子の虎以下だったと判った以上、自分達の頭で考えなければいけないのに、定型文の様なうたい文句に納得したふりをして考える事すら他人に丸投げしているようでは日本は本当に終わるのではなかろうか?とさえ考える。

そういえばコメントの中には安楽死に言及するものもあった。

延命治療の任意という部分において議論される事ではあるのだが、それがイコール生存の放棄になってはいけない。

が、それも現代社会病理の一つなのだろう。
要するに「放棄して逃げたい」のだ。

それが許されるかどうかは個人の判断によるところだけど、もしそんな法案可決されてしまった場合、一朝で滅ぶまではないにせよ、衰退の一途を辿る事は想像に難くない。

しかし心の豊かさまで失う必要はあるまい?

今すぐどうこうという事はないが、この先どうなる事やら。

ほな。
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