な、なんだってー!
とはなりません。
あくまでもオカルト思考で言うなら妙に納得出来ました。
だからこんなに野蛮で不完全なのかーって。
つまり地球が魂の学び場というのは建前で、脱獄するには知恵を付けろという事なんでしょう。
これで一つの疑問が正解に近付きました。
だって本当に学びの場だとするなら、嫌悪感を覚える程度の記憶は残しておかなければ学ぶ事は愚か追体験してまた泣く羽目になるんですから。
わたしはエイリアンや宇宙人に知人はいませんので、動画の趣旨に沿ってでしか言えません。
言えませんが、既視感については概ね説明がつく内容でした。
もう一つは古事記の国譲りの行です。
あの行どう考えても不自然なんです。
瓊瓊杵尊を地上に派遣するくらいなら初めから素戔嗚を天界に送還してればいい事で、この流れを趣旨とするなら、素戔嗚が好き勝手に根の堅州国に居ついたとして、不必要、或いは悪党に見立てる理由付けが可能になります。
あくまでも正当性は天照の直径であると言う風なね。
まぁ話半分のネタ程度に聴いても面白い話です。
気になったのは記憶を取り戻したその先。
わたしが考える限りにおいて、今現在のシステムから貨幣経済システムを排除する事なんですけど、じゃあその代替になり得るのは何か?となった時わたしは心だと考えたました。
物々交換ならぬ心の交換。
或いは好意,厚意の交流。
あらゆる?予言やらアセンションやらを総合すると現状の魂の在り様では進化は難しいとされています。
しかしこの魂を縛る軛が物質主義や貨幣経済主義だと仮定するとすんなり納得できる部分が多い事に気が付きました。
そして貨幣経済を排除した場合の弊害ですが、記憶を取り戻すという行と並行するのですが、つまり縄文時代のような生活様式になれと?と疑問が残りました。
まぁ飛躍した思考ではありますが、最悪そういう状況もありそうだな…と言う程度に。
従前からお話しておりますがわたしは聖書も仏典も碌に内容を知りません。
必用が無かったと言えば本当にそれまでですが、なかには聖書原理主義と言えてしまうような集団も存在します。
彼等の行動原理が聖書の成就だというのは理性では理解出来ますが、感情は納得しません。
もし本当に何かしらの存在による意図によって地球が閉ざされた牢獄だと仮定するならば、本当の自由とか本来あるべき姿を求めるのは必然となります。
わたしにはその答えがまだ判りませんが、放置しておけば自ずと答えは得られます。
こういう時こそ果報は寝て待てと言いますが、権利は勝ち取るモノと言う言葉が示す通り、その言葉は論理が破綻しています。
まず何かを得る為に何故争わなければいけないのか?ここまでは理解しています。
争い以外で解決してこそ叡智と言えるのだとも思います。
某動画には対決より解決とありますが、素敵な言葉だと思います。
多くの人が争う事、競う事に疲弊している事がこの言葉に集約されているように感じます。
だって争う事も競う事もなんか疲れるじゃん?
本当はそんな事しなくても、好きな事で役に立てる道を探せば争いも競争も必要がありません。
さて、7月の予言に関してわたしは精神災害じゃないかと明言しました。
それが具体的にどういう事か判るような判らないような…
人によってその苦痛は異なると思いますが、40年くらい前からこの世界の歪みとか違和感を覚えて生きてきた人にとってはさほどの苦痛は無いようにも思えます。
その苦痛の正体の一つは多分強烈な自己嫌悪だと思われます。
過去の過ちや、それを現在も引きずっている人とか。
或いは今のままでいいのか?と苦悩してる方には辛いかもしれません。
でもその苦痛を手放す事は難しいかもしれませんが不可能ではありません。
間違った価値観に従って間違った価値観の中でしか生きてこなかった人は本当に辛いかもしれません。
動画での言葉曰くそれらも支配された結果だとしていますが、その根拠を証明するのは困難です。
ただ稀にわたしみたいな根無し草の民にはそう言った価値観もどこ吹く風でしたから、端から議論の余地がありません。
例えるならペリーに不平等条約を突き付けられている事だけを理解していて拒絶してるようなものですw
軛と言うのは本当に厄介なもので、この軛に縛られ、本来在るべきだった人生を犠牲にした人も少なくないでしょう。
わたしの祈りは全てが照らし出され全てが赦されていく、そんな世界です。
たったの一度でもいいから心の底から歓喜の涙を流し、お互いに生きている事を称え合ってみても損は無いでしょ?
ちなみに今ここに書いた事はわたし個人の見解に過ぎませんので適当に流してください。
何を選ぶか何を決めるかだけは自分以外の誰にも委ねてはいけません。
ほなねー