とある事が切っ掛けで業者さんの奥方がわたしと同じ小学校に通っている事が発覚した。
学年が違うので大した接点は無かったのだけど、生まれ故郷の話をするなんて随分と久しぶりだった。
ところで出生地と出生した時の戸籍やら住民票って混同していいモノですかね?
よくwikiなんかでも出生地と出身地を個別表記してるのを見かけますが、ああいう事が通例なんでしょうか?
母にも聴いた事がありませんので、どうして当時住んでいた場所からバスで30分以上かかる産婦人科に通っていたのかは謎ですが、まぁそういうもなのでしょう。
或いは地域で割と名の知れた産婦人科だったとかそう言う事でしょうか?
生まれ故郷と言うと大袈裟ですが要するにわたしが産声を上げた場所と言う事です。
で、その時から概ね50年以上経っている訳ですが、ついぞ思い出しました。
当時通っていた小学校とかその町がどんな場所だったか。
とても暖かい街だったと記憶しています。
昭和の時代ですから、現在よりも町全体に活気があって、今現在のような変な大人も少なかったように思うし、子供は当時の小学生ですから伸び伸びしていました。
所謂目がキラキラしてるってやつですね。
全体に下町で、都内で言うと江東区の砂町によく似ているかな?
それか品川太田。
さて、それ相応の年齢になって大人の振る舞いは身に付いたけど中身がそれに伴っていないと自覚はあります。
そう言えば動画で空海の説く役割なんてものがあって、少し見ていたのですが、まぁ役割と言った方が好ましい事もあってか、今現在のわたしは誰かの生活やお金の有無とかに人並み程度の関心はあるけどそれ以上は何も思わない。
愛する事は主に動物から教わったけど、誰かから好意を寄せられる事に困惑する事が多かった。
そこに結びつけるには尚早だとしてもこれがわたしのおひとり様生活に大きな影響を与えてる事は事実です。
産み継ぐと言う意味ではわたしには姪が二人居りますのでそちらにお任せでOKと割り切ってます。
でも偶に可愛い子供を見るとそういう人生もよかったのかもしれないと思う反面、やはりわたしは誰かと一緒に生活を共にする事に向いていないと頭を過る。
実際育児だけじゃなくて結婚生活自体もわたしにはハードルが高いし、交際程度がいいのかもしれませんが、女性の大事な時間をわたしに最低叩く事に躊躇いを覚えたりとまぁ複雑です。
自分でも今現在一人で居る事が正解だったのかどうかなんて判りません。
でも判らないなりに生きてはいるし、やる事がない訳じゃないし、むしろ退屈する暇がないくらい脳はビジー状態でもあるし。
でも誰かの言葉で気が楽になる事って本当にある事だし、それを正確に見抜いてるかどうかが問題じゃなくてわたしがそれをストンと胎におとして、納得してしまえばそれでいいのですよ。
これはわたし一人に限った事じゃないし、何気ない一言で傷つく事もあるけど、その一言で救わる事もあるなんて、なんと面白い現象だろうかって思うと他のすくなっちゃう。
その感性が衰えていないから、今も退屈はしていないのだと自己分析もしています。
俗に動画のタイトルで発達障害が増えた理由なんて見出しも観ましたが、そんなもん簡単ですよ。
真正の障害を除いて、あとは保険手数を稼ぐために便宜上付けられた傷病名に過ぎません。
それでもそれを言われた本人が納得できるのであればそれでいいとも思います。
大きな枠組みの中で生きているとその枠組みの作為によって市井の人の生活は大きな影響を受ける事になるとは思いますが、まず前提を疑う事から始めて、この物事や出来事で誰が利益を得ているのかを考えれば答えは早晩見つかる事と思います。
不完全な人間が作った人間社会なんですからそこかしこに不具合が生じるのも一つの理です。
だれもお坊さんのように修行してそれを見つけろなんて事もありません。
気付く人は必ず気が付きます。
けれどその為に紆余曲折してる人の邪魔だけはしてはなりません。
その人の思考はその人だけのモノです。
わたしも例外ではありません。
歳を重ねる問う事は相応にいろんな計気を積んで、違和感を覚えて、最適解を探す事の繰り返しでもあります。
まぁわたしは人生を語れるほど人間力が深い訳でもありませんし、厳しくても優しくてもそれも人の人生ではあります。
けれどこれからの時代既存の教育が崩壊します。
そしていつかその過ちを認める時が必ず訪れます。
少なくともわたしはそう確信しています。
今までの過ちを認めて改める方へ向かう事になるでしょう。
これは日本に限った事ではありません。
移民の問題やらなんやらはそれから議論しても遅くはありません。
間違っていた前提を改めるのですから容易ではありませんが、いつか必ずその時は訪れます。
歳を重ねているとそういう未来が愉しみにもなったりするのですよ。
ほなね