国の借金とか国の要請って言葉よく聞くよネ。
細かい事かもしれないけどこの表現間違ってるし誤謬があるのでわたしは推奨しません。
あくまでも国の借金はあらゆる流動資産の中でも諸外国の国債を買うために政府が国債を発行し、日銀に買い取らせる事を指す。
国の決定とも言うけれどこれだって間違ってると思う。
正確には内閣とか与党が決めている。
無論建前として日本は選挙によって選挙区及び比例代表に票を入れて票数の過半数を取得する事で国会議員と認められる。
これは憲法にも明記されている事実であり定義である。
言うまでもない事だろうけど、日本が諸外国の国債を購入するのは当然だけど政治判断によるもの。
現在判り易く言うなら、界隈でいう所になるが、アメリカ市場は破綻してるはず、だがそれが公にならないのは恐らく日本が買い支えている事による。
もっと過去の事を言うなら湾岸戦争当時。
あの時アメリカは軍資金が足りなくなり、それをトップダウンでねじ込んで日本に国債を買わせて軍資金に充てたと思われる節がある。
というより恐らくこれが事実。
この事がバブル崩壊後の日本経済衰退に拍車をかけた事は言うまでもない。
まぁお金の動きはともかくとして、政府を以て国と表現する事は本当に止めた方がいい。
現実に国債を購入、発行する度に何かしらこじ付けて増税してきたではないか。
何でこんな誤謬が罷り通るかという理由はたった一つ。
日本人は民主主義というものを理解していないからに尽きる。
本当に民主主義だと言うなら現在の国会は弾劾に該当して、それを行使するのはあくまでも日本国の国民である事、イコールとまで定義するのは難しいけれど、それが国民主権の一つである事もまた事実ではなかったか?
更に国と言う誤謬でどういう弊害があるかと言えば、紛れもなく責任所在地の転嫁にある。
所詮前政権、前内閣がした事だからという言い訳が出来てしまう事にある。
わたしは責任と言う言葉が大嫌いだが、国会議員の責任所在地が無い事には憤りを覚える。
国家や議会のトップに立つ議員が自らを律する事もなくのらりくらりとするものだから、社会全体にそれが浸透した。
平和ボケ、無責任な国民の出来上がりである。
あらゆる陰謀論はともかく、簡単に言えば日本がアメリカに抑えられている。
なのでこの理論で言うなら現職の国会議員は「哀れ」としか思えない。
彼等も人間であり、おそらく本来は気高い理想を持って立候補した末議員になったはずだ。
ところがどうだろう?
国会で何を議論しても、アメリカの了承が無ければ何も出来ない。
何も出来ないから諦める、成り行きに任せるしかなくなる、無気力になる。
大人がこんな為体なのだから、子供がおかしくなる。
立派なに人間になれという事ではなく、越えてはならぬ一線だけは弁えろって話なんだけど、その一線すら知らぬまま体と側だけの大人になる。
呟きやお花畑界隈でよく「目覚めろ」とか「気づけ」と言うけど、発信してる本人が誤謬を一切考えることなく国なんて言葉簡単に使うものだから、いくら促しても目覚める事も気づく事もない。
わたしはもう余生を考える年齢なったので、ハッキリ言えばこの前の日本がどうなるかなんてもうどうでもいい。
だってそれはわたしを含めた多くの人間が選択した結果に過ぎないから。
どうでもよくなっても諦める事が出来ないのだよ。
けれどその裏で絶望的な日本が見え隠れし始めてる事も事実なんだ。
ほなね…