古今東西何でも研究所
タバコ持って楽器担いで次の街。
そこに何があるのか判らないけど、きっと「今」よりはずっといい事がありそう。
全ての過去をここに置いていく事は出来ないけど、「以前」よりずっと身軽でいられる。
これだけでも「自我」と向き合ってきた事が無駄ではなかったとさえ思える。
これはある意味とても「幸福」な事だ。
「満たされる」という事がよく判らないけど、多分今がそれに近いのだろう。
「世界」の事とかもうどうでもいいところまで達観?したのだろうか?
それもよく判らないけど、自分が実際に接しなければそれは「無い」と同じ事。
だから対岸の火事だとか他人事とは少し冷たい表現にはなるけどそれで割り切る事も必要なんだ。
準備は概ね整った。
それはモノとかお金じゃなくて「心」の方。
全てを受け入れる事も不可能に近いけど、それを呑み込む「覚悟」があれば「以前」のように己に振り回されて苛まれる事はずっとずっと減る。
「期待」は他人にではなく「自分」にするとはよく言うけどこれを呑み込むには時間が必要。
その時間が「己」を育てる。
変化が近づいている事を落ち着いた心で「観る」のは悪くないね。
ほなね。