ここで度々触れてきた陰謀論。
最早これが陰謀論ではなく、紛れもない事実であり、多くの人がその事で搾取されてきた争いに扇動されてきたと愕然とするだろう。
それだけじゃなく、これはわたしも未だに半信半疑だけど中には人食いが存在するらしい。
この事は本当にこの一年で知るようになった事だけど、ご多分に漏れず性善説を否定する割にそれを信じたい私は「まさか」と思っていた。
しかしその経済市場を考えると十分に在り得る事であり、ある種の狂気に触れた時人間は正気を失う事を知っているわたしとしてはこれを理解する事に対して時間は必要なかった。
狂気とは?
それは文字通り残虐非道とても人の所業とは思えない事を指すがこれも狂気に呑まれた人間を観てきたわたしには理解する必要すら無かった。
集団狂気という言葉を聞いた事があるはずだ。
パニック状態にある集団がある一言を投げると集団で同じ行動をとるというアレね。
人間の心って思っているほど強くないのだけど、思っている以上に強くもある。
しかしその裏表?がどっちにひっくり返るかで大きく変わる事は説明の必要はなかろう。
大統領選間近になって日本のメディアはそっ閉じしてるし、前回も書いたけど公表されている情報よりも公表されていないであろう何かに目を向ける事だ。
そして一部の人は言う。
事実を知る覚悟とそれを説明する事は出来るか?と。
大人が子供に諭すように物事の何がいけないか、何が理由でそういう事になったのかを説明できなければ人は同じ業を紡ぐ事になる。
しかし。
この事実だけど、わたしには覚悟と言うより何を今更と言う感じである。
この世界がおかしい事なんて30年以上前から気が付いていたし、その理由が現在に至って明確に見えてきたというだけの事だ。
しかしその粛清の対象には本当に「まさか」と思われる人物が含まれている。
さらに三浦君、芦名さん、竹内さんといった何らかの都合により自殺とされてしまった人の無念だって晴らしたい。
それはこれからを生きる子供達にも必要な事だ。
人は簡単に死ねないと言うが、言葉で言うよりもあっけなく簡単に死ぬ事も含めて伝えなければいけない。
そのうえで今を生きている事がとても恵まれているなんてボカした言葉じゃなくて生きている人間にしか出来なことが沢山ある事を教えなければいけない。
神の存在を諭すのはその先の事ではないのか?
何もせずに初めから神に縋っているようでは神も忙しいのだろうからそら面倒になる。
全てが神が与えたもう事が事実なら、いつか必ずそこに辿り着く。
それまでは祈るにとどめて人に出来る事をしようじゃないか。
でもわたしはグロくてエグい事実は観たくありません。
だがわたし自身も前に進むために知る必要がある。
ほなね。