一連の報道ネタになるが、ちょっと嬉しくも面白い現象が起きている。
例の新型ウィルス長期化の記事に際し、コメントの中に事態の収束とそこから学び取ろうとする意見が目立った。
作為か偶然ではなく、起きている事自体が問題なのだ。
そしてそれに対して手探りながらも生き残るにはどうすればいいか?生き残った際に現在までに横行していた悪習を排除しようという意見もあった。
大局的な意味において何処かの誰かが責任を問われて裁かれるのかもしれないが、多くの人が望むものはそれとは違う。
仮に誰かが裁かれたとしても起きた事や時間を戻す事が出来ない事を知っている人たちは、そんな事よりも「これからどうすれば人は今より生き易くなるか?」を重要視している。
これに関連していろんな説が錯綜している。
その中に人類を削減するというものがあるけど、一年単位で50%減らしたとて現在敷かれているインフラをどうするつもりなのか理解に苦しむ。
ちょっと考えれば判る事だが、原発を管理運営する人間まで削減した場合誰が管理するのか?となる。
つまり地球が大幅に汚染され経済市場も収縮した状態で何を為そうというのか理解が出来ない。
もちろんそれが世間でいう所の「金持ちの考える事は判らん」に繋がるのではあるのだけど、それを差し引いてもやはり理解できない。
利権や権威を維持したいなら平和裏にやればいい事だし、陰謀論でいう所の「悪意の権化」のような存在が居たとしても己の首を絞め最後には滅ぶような手段は択ばないだろう。
仮にそれを選ぶとすればそれは文字通り「イカレテル」とか「キチガイ」となるが、それを現代の価値観で定義する事にあまり意味が無いのは言うまでもないだろう。
とにかく失望しかけていた可能性が残っている。
ほなねん。