ネットの世界は退屈しませんね。
またアンテナにヒットしたのでこの話題を。
と言ってもわたしは主義者ではない事はお断りしてきましたが、このタイトルはわたしの考え方に極めて近いです。
簡単に言うと因縁と負の連鎖を断ち切るか否か?で説明が出来ます。
多くの人?は結婚してお子さんをもち家庭を持つ事を是としていますが、この考え方はその正反対にあると言えます。
ではこの考え方をどう定義するかは人それぞれでいいのですが、決定的な合理性と整合性と説得力においては正しいとさえ言えてしまいます。
それは何故か?
繰り返しますが多くの人が幸福を謳歌する事は良い事です。
ですが多くの人が勘違いしているのはその幸福が何によって担保されているか?或いはその幸福が未来永劫続くと何の根拠もなく疑う事もなく謳歌し、それ以て持たざる者に押し付ける事が問題点と言える。
例えに上げなくてもお判りいただけると思うのでそれは割愛しますが、何故この考え方に合理性をはじめとした根拠があるのかを説明した方が手間が省けるのでそちらを。
ですが、これも疑う事なく何の根拠もなくというところで説明できています。
この根拠を何かに例えて変換するなら。
まず命は有限である事、そして文字通り一生かかっても使いきれない富を有していてもそれは脆く、きっかけさえあればたったの一日で負債に変わってしまう事だって起こり得る。
バブルやリーマンを経験した人、なにより震災を目の当たりにした人ならここまで説明する必要はありません。
そしてわたしは何度か記載していますが、この社会など所詮人間が作り上げた人間に都合のいい入れ物に過ぎない。
つまりそれを管理運営する側の都合一つでこちらも簡単に姿を変えるという事。
これらが根拠の一部となり、多くの人がこの根拠とは無関係として生きている。
それはいいのですが、問題の本質はここではなく、現代社会に子供を産む事が果たして善い事なのかどうかが本質です。
倫理をはるかに超えた出来事が次々と起きているこの世界で人間が必ず幸せになる保証など何処にもない。
苦痛を味あわせたり、さらなる因果を約束付けてしまう事は人間や子供にとって善いとは言えず、その可能性があるなら最初から産まず、負の連鎖を断ち切るというのが本質。
それでも人間は生き続けもがくのですが、産む事で人間社会を維持する必要があるかどうかで言えば、わたしは確実に反出生主義です。
仮にわたしが持つ者だったとしてもこの考えは変わらず、過去は持つ者であった経験からしてもやはり考えは変わりません。
では何が正解とか、何が最善の選択なのか?となればわたしはこう応えています。
「人間が今以上に認識力や理解力を身に着けてもっと命や人の尊厳に対して真摯に向き合うことが出来なければ遅かれ早かれ人間は自ら身を亡ぼすのだよ。」と。
これは事実であり現実です。
既に宗教団体の教義や一般的な倫理では到底抑えることが出来ず、共食いと言える状況にあると言えます。
政治体制の不備も原因の一つだけど、一番の問題は一人一人が現実と向き合おうとしない事。
代議士に丸投げして税金払ってるのだから何とかしろではこうなる事は判っていたはずです。
倫理や道徳が用を為さなくなったのではなく人間自身が奢り高ぶり傲慢なった結果です。
はっきり判っているのは人間を亡ぼすのは神ではなく、あくまでも人間自身です。
そうじゃない人、気付いた人もたくさんいるようですが、全体の割合で言うと10%いるかいないかくらいでしょう。
もう少しいるかもしれませんが、気が付いただけで抗うには到底及ばず、このまま暴走して何れは…
直接的な方法とは異なりますが、人は鏡という事を忘れないでください。
身近なところでもそれを感じ取る事は可能です。
例えば買い物に行ったとします。
お店に並んでいる商品は誰が作って誰が運んで誰が店頭に並べたか?
レジを打ってくれる人がいなければ誰がやるのか?
そんな風に考えれば人材に無駄がない事や意味のある事だと判るはずです。
その理解が次の何かを促してくれます。
気付きを重ねてその先にあるのは滅びか新たなる時代かは一人一人の行動や考え方次第です。
そして神と言う存在もそれを重ねる人間に対して無慈悲な罰など与えるとは思えません。
もう一つ大事な事。
以前好きと言う気持ちを大事にと書きました。
これは人に対しても同じ事で、誤った考えによる婚姻を止め、この人でなければ嫌だと思えるくらいの方と一緒に生き、その末に生まれてくる子供なら自他共に幸福になれる確率は高まります。
何が誤りか?
誤った気持ちで結婚しその間に生まれた子が幸福になるかどうかなんて是非にも及ばない。
何故なら当人同士の気持ちではなく、利害や都合によって結ばれた縁なら利害や都合で簡単に切れる。
そしてその間に生まれてくる子供が利害や都合で結ばれた両親を見て何を想うか考えればすぐに判る事。
もう一つの問題点があるとすれば多分これなのでしょう。
誤った認識で結ばれて誤った認識のまま生まれてくる命があればその誤りもまた受け継がれてしまう。
しかし正しい認識で結ばれその間に生まれてくる子なら過ちを犯す可能性は減ると考えます。
同時に誤った因果や負の連鎖を断ち切る事も可能でしょう。
ま、今生のわたしにはあまり関係のタイトルでした。
ほなね。