相も変わらず馬鹿げた屁理屈を記事にするものだとあきれる。
京王線の事件の背景に容疑者の孤立なるモノがあると書いてあった。
そもそもこの記事の見出しは「電車内で起きる事件に対してどう対応するか」なんだけど、屁理屈ばかりで何の解決にもなっていない。
況や孤立した事が原因で見知らぬ他者を害するなど、本人の責任以外の何物でもない。
以前わたしは登戸の事件の時に「一人で死ね」では何も救えない何も変わらないと発言した。
しかしこの記事に関して言うなら、人間関係が希薄であろうが濃密であろうが、他責という八つ当たりは防ぐ事は出来ない。
そもそも孤立する要因の一つに他者に対する共感力が乏しいというモノが存在する。
孤立すべくして孤立してるという事だ。
しかし他者との関係を築くには、信頼という事が必要になる。
これはどんな関係性においても同じ。
同時に孤独な時間を己と向き合って、取捨選択を図り己の人間性を磨く人はこの信頼を得る事にも繋がる。
要約すれば「わたしはあなたを害しません」が出来ていれば孤立そのものはかなり高い確率で防げるとも言える。
まぁ記事自体があまりにも下らなくて論点のすり替えでしかないし、一部の陰謀論を用いるならこういう事件が多発する事で監視社会化が捗ると言う一面もあるし、事実そこら中に監視カメラがあり、監視社会自体はほぼ完成してるとも言える。
もう一つこれはこの事件だけではなく、秋葉原の事件に共通している事だが、容疑者が拘束された際返り血が無いと言う意見がある。
この一点を以て事件そのものがやらせではないか?という意見もある。
これに関しては憶測でしか言えない事だが、素人が他人を刃物で傷つける場合動脈を正確に切らなければ返り血と言える量の出血は難しい。
仮に服の上から心臓を正確に刺したとしても服が遮蔽となって飛び散るほどの出血するとも考えずらい。
あくまでもこれは素人による憶測でしかないのだけど、ああいった事件が起きた後監視カメラが増えたのは事実だろう。
これらを踏まえてこういう事件に遭遇した場合の対応はバックに鉄板を入れておくくらいしかないだろう。
或いは社内に刺股を設置して置くとかくらいしかなかろう。
少なくとも挙動や見た目で人が事件を起こすかなんて判断は出来ない。
もう一つ一人で死ねじゃ何も変わらない事についてだけど、正直一人で死ねとしか思えない。
それでも生きたいと思うならカウンセリングという手段があるのだけど、ここには難しい現実があって、まず腕の良いとか相性のいいカウンセラーの選定にある程度の時間とお金がかかる。
少なくとも相手の言い分を遮るようなカウンセラーは論外であり、患者の感情の表出を促し、言葉に出させる事が最も有効なんだけど、そういうカウンセラーは全体の何割いるだろうか?
彼等も慈善事業じゃない。
そして料金の問題がある。
個人によって様々だけど、概ね時間当たり5千円からが相場。
けれど高い料金=良いカウンセラーとは限らないし、安い料金=腕の悪いカウンセラーとは限らない。
どの道言える事。
それは容疑者が道を誤った事、誤った自覚が無いまま他責した事、さらに八つ当たりで他人を傷つけた事に尽きる。
でもそれでもわたしは一人で死ねでは救われないと思う。
が、しかしその一方で生かしておいてはいけない人間もまた存在するのだ。
悲しさを通り越して怒りすら覚えるが、裁きは司法に委ねるしかない。
まとまりが無くて申し訳ない。
ほなね。