俗に「悪魔に魂を売る」という言葉がある。
まぁ比喩表現だろうし、実際に悪魔と言う存在と逢った事がある人が居るのかどうかも判らない。
しかしちょっと待ってほしい。
都市伝説界隈が言う「悪魔」とは秩序と法を無視して人間のあらゆる財産を食い物にする連中の事だ。
逆に「神に愛される」とも言うがこちらも同様神様と遭遇した人が居るのかどうか疑わしい。
で、ちょっとここで「悪魔」という存在に触れてみたい。
人間が「契約」をしたところでそんな穢れた安い魂になど関心を示すものだろうか?
少なくとも一部の「悪魔」は神に近い存在であり、如何に七つの大罪で堕天したところで人間程度の欲望を食い物にして喜ぶような存在とは思えない。
さらに「悪魔崇拝」とあるがそれは一部の安い魂を持った人の形をした人間以外の何かが勝手に崇拝しているだけで、果たして悪魔から何か恩恵を受け取ったのかも疑わしい。
現実に転がっているのはすべての秩序を無視する事で得る事の出来る一部の人間の作為による悪質な搾取に過ぎないのではなかろうか?
さらに一部で言われている事は悪魔は気高き穢れの無い魂を珍重するという話もある。
という事はたかが物質世界の富に拘る程度の安っぽい魂など相手にするかね?
少なくともわたしが「悪魔」ならそんな安っぽい魂など見向きもしない。
さらに言えば一部の神や天使は「義人」に力を与えるとある。
嘗てそれらと同列に居たであろう「悪魔」たちが神を憎悪したにせよ、一山何ぼの悪事や穢れた魂で神やその眷属を葬るなど無理な相談ではないか。
人を食い物にしているのあくまでも人の形をした人間以外の何かであり、そういう意味では一部にトカゲから発達した人形が存在したとしても何ら不思議はない。
そしてここが肝になるがあくまでも人間を食いもにして仇を為す存在であればそれらを打ち滅ぼすのは神の力などではなく人間という事だ。
神と言う存在が人間に力を貸す事があるのかないのか判らないが、判らない以上人間社会の事は人間がどうにかするしかないのだ。
何らかの預言やある種の力にすがりたい気持ちは理解するが、そもそもそんな「他力本願」では心もとないという事に何故気が付かないのだろう。
己で考え己の判断で見極めて排除するしかないのがこの世界の現実なのだ。
少なくともわたしがもっとも現実的だと考えるバシャールの言葉の本質はそういう事だ。
それ以外の予言やら預言は話半分の与太話程度でしかないのさ。
と言い切りたいとこなのだけど、一部の予言に照らすと大筋で現実に起きている事がほぼ成就している。
これは偶然ではなく恐らく必然。
ただしあくまでもやるのは人間自身である事をわすれてはならない。
それも現代を生きる人間が行動する事でしか世界は変わらないよ。
ほなね。