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This Armor

古今東西何でも研究所

感想文でも…

と思ったのですが、悲しさが先に立つ映画はしばらくいいです…

先ほど「誰も知らない」を拝見しました。

前の更新と同じく笑える内容ではありませんでしたし、重複しますがやはり自身の経験と重なる部分があって、冷静に観ていた心算でもなんだか心がカサカサしています。

登場人物の演じる姿は言うまでもとても巧いのでこれは割愛。
触れるとすれば子役にも関わらず「健気な子供」と子供が演じた事くらい?

救い?になったのは水口沙紀を演じた韓さんの笑顔でした。
本当にいい笑顔で全体的に悲しい雰囲気の中唯一の救いと言える笑顔でした。

この映画公開から15年を経ています。
もちろん当時話題にもなっていて関心はあったものの、機会が無く現在に至り観た次第です。

実際に起きた事件がモチーフとなっているのも割愛ではありますが、88年はわたしにとっても印象に残った時期だったので何だか別の感情移入もありました。

当時十代だったので現在ほど社会や世の中の流れに関心が無く、最も印象に残っているのは東京ドーム落成だった事。

しかしその翌年に日本社会を震撼させる事件が二つ発覚しました。
そういう意味でも何か「得体のしれない変化」を感じたのが88年でした。
もちろん年明け早々には昭和天皇陛下が崩御され元号が変わると言った事も含まれます。

そういえば記憶の範囲ですが夏が終わりかけ秋になろうとする頃に昭和天皇陛下が入院という報道が為され、その後はほぼ逐一の形で本日の容態として毎日陛下のご病状がテロップで流れる状況でした。
お年も召されていた事もあり、「得体のしれない変化」の正体は不敬ではありますが、陛下の身に万一の事が?という雰囲気もありました。

先ほどの更新で「家族は居ればいいというものではない」と発言しました。
これは「誰も知らない」を観た後も同じなのですが、前回の更新は血の繋がらない虚構の家族だけど笑顔が絶えなかった、今回の更新は血の繋がりはあるし兄弟揃っていれば笑顔は減るものの寄る辺になっているという印象になりましょうか。

以前も触れていますがわたしは所謂「一般的な家庭」を知りません。
血を分けた妹は存在しますが、一緒に生活した記憶が3年ほどしかなく、特に幼少時に生き訳れていた事で兄弟喧嘩や仲良くするといった記憶がありません。
これも前回の更新と重複するのですが、まさに「大人の事情」に振り回された形であり、記憶の片隅に妹の存在はあったものの、物心ついたときに妹は傍にいる事は無く、ほぼ一人っ子同然に幼少時を過ごしました。

そういった経験から感情移入してしまうので、子供が辛いとか悲しい映画は本当に当分いいです…

ですが映画の内容自体はとても素晴らしいものです。
ただしこれも重複で申し訳ありませんが、「そこにある背中合わせの危機」と無関係に生きておられる方に響くのは難しいのではないか?と考えます。
別に区別という事ではなく、経験した事でしか判らないという事であってそれを知らない方々を批判する心算は毛頭ありませんし、そんな権利もありません。

判らない事自体そのものに善悪は無く、善悪が存在するとすれば「それを見聞きして見ぬ振りを決め込んで好き勝手に誹謗中傷を繰り替えす」とかでしょうか。

つまり心の問題となりますが、心の豊かさとお金やモノの豊かさがイコールではない事は言うまでもない事。

けれどその豊かさは何処から来るのだろうか?とか誰かに教わるものであろうか?自分自身で感じ取るものだろうか?という疑問は残りました。

もちろん「作り物」の「映画」であり「作り物」として観て楽しむのは必要な事だし、そこから学ぶ事だって沢山ある。

多分是枝さんに対する評価がはっきりと分かれる理由の一つが「娯楽としての映画」という範疇を逸脱しているのか、「ドキュメンタリータッチ」なのかという違いの問題なのかもしれません。

わたしの考えとしては、どちらでもいいとは思います。
特に作為を以て危機感を煽るという事でもなく、周知を目的としている訳でもなく、ただ実際に起きた事件をモチーフにした映像作品だという事なんだと思います。

実際映画の内容は事件の中で起きていた悍ましい出来事は割愛されていますし、またそれを映像にするのはある意味危険な事だと考えます。

子供の在り様について少し触れますが、お子さんは純真無垢ではありますが残酷なまでに分別がありません。
それは家庭における躾けで身に着くかはとても難しい問題です。
ご両親の在り様が全てではありませんし、それこそ個人差とか人間性によるところが大きくて一括りには出来ません。

わたしは子供がいませんのでこれ以上の事は判りませんし、語る事も出来ませんが、セリフに出てきた「俺たち友達だろ?ならやってこいよ」を理性で分別を着けて突っ撥ねる事はとても困難だと考えれます。

内容だけを切り取って言えば「母親が不在で食べるにも困る」状況下では心細くて優しそうに接してくれる同年代の子がとても善き存在に見えてしまう事があります。
よく言われる「非行に走る」原因のほとんどがこれです。
もちろん学校を通していろんな人の意見や考え方に接し、時には喧嘩したりして「己の思い通り」人を操る事が正しくない事を学び大人になっていくのだとは思いますが、これが出来る人と出来ない人が存在し、後者の場合が「非行」になりやすい傾向があります。
そして子供には子供の社会が存在し、多くの親御さんはこの存在に頭を悩ませるのではないでしょうか?

学校で共通、共感できる何かがないとコミュニケーションが難しくなるというのでそれなのでしょう。
その対象がモノとかお金だったり、異性とか娯楽という具合に手を変え品を変えさもそれが子供社会の中における常識として独り歩きし、過剰で分不相応な何かを身につけたがるのも子供の理性ではあります。

しかしそれらに全く関心が無く、あくまでも己は己他人は他人と割り切ってしまう大人びた子も全体でみると少ないですが存在します。

多分人として正しいとされるのはこちらなのですが、いつの世も子供心をくすぐる「誘惑」も存在し、それらを切り分け特定分別するのは本当に至難の業です。

映画にもそういった誘惑は描かれていたので、そこは是枝さんの拘りなのか、そこを描写しなければ子供の視点を表現する事が難しかったのかもしれませんね。

わたしも過去に流行ったアニメを観て童心に帰る事はありますが、それは本当に大人になったから割り切って出来る事であって、心が子供そのもののままならそんな事を感じる事自体が必要とされなくなります。

かなり逸脱したし、わたし個人の主観を語ってしまいましたが、今夜はこの悲しい気持ちややるせない気持ちを反芻して少し幼少時代を思い出して眠ってみようと思います。

お堅い文章でゴメンネゴメンネー(これも古いな…

ほなねん。
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