最近このワードに対する風当たりが強いそうな。
何でも昔取った杵柄で勝負してほしくない意味合いがあるのだとか。
それはともかくわたしの30年前を振り返ってみよう。
先ずその前に最近ドラマやアニメ映画は日常を描いた穏やかなものが増えた。
それはきっと現代社会の裏返しなのだろうと思う。
その中にワカコ酒なるドラマがあり内容は割愛しますが、30年前の言葉でいう所の「アフター5」をお酒で愉しむもの。
確かに30年前だとおっされーなお店でも立ち飲みであろうと、夕方六時には飲む時間もお金もあったように思う。
当時かろうじて未成年であったわたしは職場の上司に連行され飲まされる(未成年に呑ますなよ」。
けどそこで管を撒くかと言えばそんな事はなくて違う職場であろうが、知らない人であろうがみんなでワイワイ楽しく呑む風景がそこかしこで見られた。
夏場であれば軒傍で将棋を指しながら呑んでいるおじさま方も珍しい風景ではなかった。
かくいうわたしも祖母の実家にある縁側で枝豆にビールが大好物であり、まぁありきたりですが、呑兵衛の家系よろしく祖母も母も蟒蛇だし、母に至っては人生二回分の酒量を呑んだと豪語するくらいの酒好き。
わたしはほぼその半分くらいだろうか?
まーお酒の事に限らずなんだけど、現在と比べると30年前当時の方が今より緩やかだった事実だと思う。
意味の判らない事件や犯罪も現在ほど多くはなかったし、稀に凶悪と言う言葉ずら生温い程の凄惨な事件はあったけど、そも本当に稀。
現代社会のような生き馬の目を抜くような修羅場チックで無かった事は確かだ。
けれどここにも功罪と言うものがあって、情報量においては現代が桁違いに優れている。
従って勉学に無駄が減ってかなり最短で物事の理を知って身に着ける事も可能なのだが、そこは個人差もあるので何とも言えない。
しかし緩やかには緩やかなりのスキはあって現代で言う「振り込め詐欺」はほぼ無かったものの、それに近い「勧誘詐欺」は横行していた。
つまり「楽をしてお金を得たい」と考える人は今も昔も同じで、しかもそれに付け入る人間も同じという事だ。
社会情勢やら経済状態やらを差し引いてもやはり30年前を知っているわたしから観ると現代社会はやはりどこか息苦しい。
といって、過去に戻りたいとは思わないが息苦しいなりに愉しみを見つける事も知っているし、それが経験に裏打ちされた生きる知恵の様なものなのだろう。
で、ドラマのお話にちょっと戻るけどあれは脚本がそうなのであって、現代社会においてあのようなライフスタイルを築き上げるのは至難の業なのだと考える。
もちろん省庁の比較的拘束時間の短い部署なら話は別になるけど民間企業で日の高いうちに業務終了は難しいのではないか?と考えた次第。
それでもあのドラマの様なライフスタイルはとてもいいと思うし、それを実践している人もいるだろう。
「明日の事を考えすぎて怯えるより今を生きる」そのままがあのドラマのスタイルなのかもしれません。
現に明日はおろか老後の心配し過ぎて怖くなっちゃってもいい事ないもんね。
ほんの一部30年前のお話をしてみました。
ほななん。