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This Armor

古今東西何でも研究所

鎮魂歌

少し死生観のお話でも。

わたしの好きな人物の言葉に「死中生有生中生無」と言うものがある。
知ってる人には説明は不要だけど一応。
簡単に言えば生きて帰ろうとすれば却って油断が生じて死に至り、生きて帰ってくるつもりが無ければ不思議とそこに道が拓けるといった意味。

現代においてこれを実践するのは至難の業だし、文字通りかなりのリスクを背負って生きる意味とも言える。

また好きな言葉のもう一つには「死は一定」とある。
これは何人たりとも死から逃れる事は出来ず、死だけは平等に訪れるという理。
これは事実と言うよりも紛れもない真理と言える。

恥の文化を継承してきた日本は総じて「恥」と言う言葉と概念に縛られてきたのは言うまでもない。

何かとメンツや体裁を取り繕う手段として切腹に替わる報復人事や意趣返しなどがそれに該当する。

もちろんこれが何時どのあたりから広まったのかは恐らく平安時代。
つまりこの概念に千年以上しばれて生きてきた民族と言える。

時を下って16世紀ごろには宣教師が流入しキリスト教的な教義や概念が広まる事になるがこれはあくまでも当時の上流階級と言えるであろうお公家さんやお武家さんを中心に広まった事が考えられる。

それがさらに時を経て町人や商人に伝播したとするのが自然であろう。

そしてさらにこの恥を埋め合わせる形で名誉を守るために切腹や自害が存在した。

当時を生きた人がどのように考えていたかまでは想像が及ばないけど、そこに仏教的な極楽浄土や往生の考えが結びついたであろう事も想像に難くない。

さてさて。

この「恥」という概念と言葉。
現代でも人を縛り、時には力を与える事もあるようだが総じて人を追いやる言葉である事には変わりがない。

もちろんわたしも日本人故この言葉には随分悩んだ。

お仕事に置き換えれば「見て盗め他人に押しを乞う事は恥」と刷り込まれてしまっていたので、ここから脱却するには随分時間を要した。

それでも未だに自尊心から来る「恥」には敏感でやはり困る事は減っても無くなりはしていない。

恥の文化を全否定するつもりは毛頭ないが、いったい何が本当の恥なのかを考える余地はあるだろう。

人間としてなのか、体裁の問題なのかを切り分けるだけで随分違うものになる。

しかし面倒な事にこのメンツには「組織の体裁」が含まれている。
組織の怖さを知っている方なら言うまでもないが、これが非常に厄介で人一人を生きづらくしている事もまた事実。

と言って日本人から恥の文化を排除してしまえばどういう事になるかも想像に難くない。

助け合う事まで恥で括られてしまっては出来る事は限られてしまう。
既に倫理や道徳で収束出来ない事態に陥っている現代日本にはかなりの問題なのだ。

そこで何が鎮魂歌になるのかと言えば、古い日本人に対してとなるのであろうか?
それとも古い人間に対してなのか?

それは判らないが淘汰されてしまうであろう存在に対しての鎮魂歌である事は間違いないだろう。

いろいろな意味でもう少し楽に生きる事は出来ないのだろうか?

ネット上で罵詈雑言を繰り返す人々を「暇人」と称する意見もあるが、そこにあるのは必ずと言っていい程「不平不満」が存在していて、さらに悪い事にその「理由」を「自己責任」として切り捨ててしまう事はとても悲しい事。

同時に誰かに手を差し伸べる事のリスクも存在するので一括りにして一方的に糾弾する事は出来ない。

この悪循環何とかならないものだろうか?

世界がとか諸外国などと言う比較は必要ない。
今考えて出来る事は必ず存在する。

もし比較対象が存在したとしてそれを模倣する事は出来てもその存在そのものになる事は出来ないと何故理解しないのか?

模倣か新しい「何か」にしかなれないのだよ。

こうして書いている事もきっと「不平不満」に見えるのだろうしそれは否定しない。

しかしだからと言って他人のする事に一々干渉する必要ない。
何故なら他人を干渉したとて「己の人生は己のモノでしかない」からだ。

あんな風になりたいという目標はとても大事な事だが、結局わたしもあなた方もそれ以上でもそれ以下でもないわたしとあなたでしかないのだ。

身の丈を知り他者とすり合わせて折り合いをつける生き方を否定されてしまったら誰だって居場所は無くなってしまう。

同時に現在居場所を定めている人だってそれが死ぬまで続くなんて保証はどこにも存在しない、「諸行無常」に過ぎないのだ。

仮に永遠が手に入ったとしてそれはきっと成就した時点で退屈な物事に成り下がり必ずそれに替わる物事を欲するのもまた人間の欲望である事を考えよう。

そしてその欲望が不平不満の根源になる事をもっとよく考えてみよう。
きっとそこに心や魂の安息が存在時、その時にきっと鎮魂歌の意味が判るのだろう。

鎮魂歌は亡き者への手向けでもあるが、今を生きる人に対する慰めでもあるのだ。

ほなね。
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