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This Armor

古今東西何でも研究所

雑多な想い

おはようございます。

ここ数年昭和の大俳優と言われる方や著名人の訃報が目立つように思う。

同時にちょっとした人の考え方や意見も何だかしっくりこないものが目立つ。

そんな訳でほんの少しお金のお話。

とある統計やサイトによると現代女性の多くが結婚に対して経済を優先するとか。

そこまではいいのだけどお金が無いと人を大切に出来ないという意見も。

お金の有用性は否定しないものの何だか条件付きの結婚でその延長線上に生まれるであろう家族の形とは何だろう?となった。

確かにお金は大事です。

おそらく多くの諸問題が経済によって解決できるでしょう。

しかしそれだけでは足りない。

お金の使い方にも人間性は出るし、お金ですべてが満たされる事は無い。

そんな事を考えていくうちに果たして経済という土壌で成立した家族に生まれてくるであろうお子さんは健全な人間性を育む事が可能なのかな?

何度でも繰り返すけどお金は大事です。

しかしお金で買えないものが二つ。

命と心。

しかしお金がその命と心すら歪ませてしまうのも事実。

で、モヤモヤと考えていたら人間て何だろう?となりました。

わたしは己の人生を顧みても決して貧困ではなかったが、親の愛情と言うものを知らずに生きてきた。

今にしてみればその愛情はもう必要ないし、あったとしてもわたしの心が満たされるものではない物事であると割り切っているが故大した問題ではなくなってしまったのだが、昨今のネット上における白黒思考の人の多さや侮蔑する言葉で人を詰る事の多さを観ていると、これが健全な人間社会と言えるのだろうか?という問いに辿り着いた。

かといって現在のわたしが経済的に裕福だったとしてもこの考えは変わらない。

現実に潤沢な経済力で心が満たされる事は無かった経験から言ってもとても危機的な状況ではないのか?となってしまう。

そうは言ってもお金の大事さを肯定している以上その方向性や考え方に抗う事も出来ずモヤモヤしている。

いったい人間にとって大事な物事とは?とか或いは人間とは?というところでループしている。

人を詰るとか言ってるが、わたしも感情を持った人間ではあるから相応に怒りを覚えて口汚い言葉が脳裏を掠め、場合によってはそれが言葉として出る事だってあるからそういう人たちを否定する事も出来ない。

否定したい抗いたいという行動原理ではないし、あくまでも愚かなまでに率直に人間てなんだろうとずっと考えて生きてきた。

その答えは全く見つかる気配が無くて、疑心暗鬼がある限り難しい事も承知している。

では疑心暗鬼を取り除きフラットな状態で観た時に相手の人間性まで見えるかと言えば決してそんな事はないし、そんな質の簡単な問題でもない。

ちなみにこの疑心暗鬼は5歳児の時点から住み着いていてわたしの心から退去する気配がありません。

けれどこの疑心暗鬼に助けられた事も多くて現在では危機管理において良き相棒になっている。

ふと思うのだ。

現在わたしは独りだが、好きな誰かが傍に居ればこの疑心暗鬼も満たされない心も解決できるのか?と

答は瞬時に出てくる。

そんな簡単ではないよ・・・と。

人の行く末とか大袈裟に聞こえてしまうけどそれなりに人と接するのだから相応に境界線を明確にして付き合わなければ己を護る事は不可能になる。

ましてやわたしは神様ではない。

全てを変える事が出来てしまう力や能力があったとて、そこに人が己の意思で向き合わなければ無意味になる事を経験してきた。

あー人間て面倒な生き物だなーと。

ここまで考えても尚わたしは己の人生と真摯に向き合っているだろうか?という葛藤も抱えているので頭の中は常にビジー状態。

救われないね・・・
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