古今東西何でも研究所
個人差で違って当たり前さ。
他人はわたしをして変人と言うがわたしから観れば他人の多くは人間の形をした人間以外の「何か」でしかない。
重層構造になっている境界線の最初が多分出逢いとか邂逅という事になるのだろう。
最初の一層をお互いに共有する事で何らかの好意が生じ親交を深めていくのがコミュニケーションと言える。
しかしわたしは自分自身がこの世界で「異端」である事を承知している。
だから関わる人間?が限られてしまう。
一般的な常識ではわたしの人間性?やら気質は測り切れないであろう事は先刻承知で、しかもサイコパスに近い性格である事も自覚している。
がしかし、サイコパスない境界線があるとすればそれは恐らく強靭過ぎると言えてしまう程の理性が存在するから。
だからわたしのように普段何気なくこの社会に溶け込んでいる振りをしている同類?を見抜くのはとても容易だったりもする。
今更「普通」の生き方など求めていないし、わたしはこれで納得はしている。
贅沢な悩みと言えてしまうのかも知れないが、やはり「普通」じゃ詰まらないもん。
異端で結構。
でもわたしの異端を実際に見抜ける人は極めて少ないのでこれもこれで面白いのさ。
おやすみ。
今し方報道の見出しで「特養閉鎖」なるものを見てしまった。
とても後悔している。
観なければ知らなかった事で済むのに、視界に入ってしまった。
内容はまぁ引用するまでも無いのでそこは端折るとして、純粋な疑問として法人経営で行政から補助金を受け取ってる企業が閉鎖する原因とか、行政側の見通しの甘さとかは本当に腹が立った。
そしてコメント欄に必ずいるであろう安楽死論者もいた。
わたしは安楽死が合法化される事で解決が図れると考えていないし、安楽死自体がもっと根本的な事から議論しなければならないレベルだとも考えている。
そしてこれらを招く根底にあるのが現代社会病理というのだろう。
完全な形は望めない前提としても、現実の壁に対して納得できるシステムにすらなっていないのが日本の政治経済。
さらにそれを理解していながら何らかの「理由」でそこを見直さない体質とか柵。
それでも経済や人材を今よりもずっといい形で循環させる事が出来るのにやらないとか。
文句を言ってもきりがないけど、閉鎖を招いたであろう経営体質は本当にきちんと開示したうえで戒めにしてほしい。
同時に、金さえ納めれば簡単に法人申請を通してしまう行政側の在り方も改めてほしい。
日本はあらゆることにおいて後手に回り勝ちなんだけど、本当にそろそろ手を打たないと取り返しのつかない事態になる。
モノありきではなく、法ありきで物事を進めないから必ずと言っていい程機能不全を起こし続けてきたのも事実。
本当に何とかならないものかね?
ほな。