4年前のコロナ騒動を境にして、世の中とか世界が大きく動いている事は感じ取れる。
でもタイトルの事は本当に意味が判らない。
というよりあまり関心がない。
わたしが初めてこの言葉を聞いたのはおよそ20年前に遡る。
その時も今と同じ気持ちで居る。
今年の10月以降の事は、わたしの見解だと「精神災害」じゃないかと推測してます。
それも含めて次元上昇という意味においては一定の理解は出来るような気はする。
此処で言う精神災害はあらゆる価値観が刷り込みや押しつけだと言う事を身を以て知るのだけど、その事実と現実に心と理解が追い付かず、心を病むような状態に近いって事。
経済災害は現在進行形でその渦中にあるし、中東やら台湾有事の事は経済力が無ければ起きる可能性は低いと思ってる。
まぁもしかしたら本当に神様とかその眷属が人間の精神とか魂に直接干渉した際に生じる苦痛かもしれませんが。
人間社会というシステム自体が機能不全になったのだから、壊す他ないのだけど、これを別の方法で救済できるとしたらそれこそが人類の叡智と言えるのではないだろうか。
本当にそんな方法があるかは別としてもそれを成し遂げる事が出来れば素晴らしい叡智であると同時に、単なる現実に成り下がる。
そして新しいと言うべきか、本来と言うべきか、あるべき姿に回帰していくのかもしれない。
昨今量子技術が相対性理論を覆すかもしれないと一部で言われているが、一つ大きな事を見落としてると思う。
計算、演算能力はともかく、人の思考と目の動きの速さは光よりも早いと考える。
曰く人類は想像できる事は現実化できると言うが、それが本当なら思考と視覚の速さは一定の条件下において光より早いはず。
曰く現在は宇宙の中心にブラックホールがあると言われているが、それが事実で、そこに思考を向ければ一瞬よりも早くそこに届く。
まぁわたしの戯言としてスルーしてほしいが、わたしが言いたいのは素粒子よりも小さい物質と言う概念が量子力学とされているが、全てが物質と定義するならば、思考や視線も物質と言い換える事が可視化できた場合、量子よりもさらに小さな物質、或いはが存在していても何ら不思議はないって事です。
ではそれら、わたし個人の屁理屈がなんの役に立つかで言うならば、ゲノム研究よりはるかに、と言うよりもそこから数世代先を行く技術となり、それこそ賢者の石が作れるかもしれません笑
賢者の石は冗談としても、それだけ小さな物質に対して物理的に干渉できるという事は今現在抱えてる、主に健康問題の90%は解決できるかもしれない。
ゲノムより小さない遺伝子情報を文字通り可視化して物理的に干渉できるのだから、遺伝子のエラーとされる事に由来する病のほとんどは存在できなくなる・・・かもしれない。
もう一つの問題は使い方でしょうね。
多分量子理論よりも小さな物質なり光子を自在にできる事が出来ればそれ以上最適化する必要なくなる可能性があります。
さぁこの時点でそう言った状態がユートピアかこれ以上の可能性がほぼ無くなってしまうかもしれないディストピアか?
わたしがタイトルの言葉に対してほぼ関心がないのは、この可能性を感じているからに過ぎません。
仮にアセンションなりが成就して五次元世界と場所で生きる事になったとしても、人間はそこで足るを知る事が出来ないと感じています。
この時点で一旦休もう、共助公助、相互扶助で人の心にしばしの安寧を・・・と考えられれば足るを知る事が出来るかもしれません。
つまり考え方次第なんです。
つまらない屁理屈でした。
ほなねー